技術資料
やわらかサイエンス
宇宙開発(後編)
前編では、宇宙開発のはじまりを紹介しました。後編では、日本の宇宙開発を紹介します。
日本の宇宙開発
日本にもいろいろな宇宙開発事業がありますが、国内で群を抜いて有名なのは宇宙航空研究開発機構ではないでしょうか。えっ、知らない?今では JAXA(Japan Aerospace Exploration Agency)という名称の方が馴染み深いかもしれません。
この組織がJAXAと呼ばれるようになったのは2003年以降というのはご存じでしょうか?実は意外と最近の事ですね。JAXAの起源をたどっていくと、東京帝国大学航空研究所(1918年4月)にまで遡ります。とはいえ1918年代にロケット開発があったかと言えば、おそらくなかったでしょう。ライト兄弟による動力飛行が成功したのは1903年ですし、日本国内で初めて動力付き飛行機による飛行に成功したのは1910年です。ここから20世紀の航空時代が始まったわけですから、航空研究といえばやはり飛行機に関連することが多かったはずです。そして、航空研究が一層進んだ背景には、1914年から1918年の第一次世界大戦もあります。この戦争は、航空機が軍事的に重要であると認識されるきっかけとなり、空を制する者が世界を制する時代への移行を意味していました。
軍拡と共に航空研究所も拡大していきましたが、第二次世界大戦後に一度その姿を消すことになります。占領下の日本では、基礎研究や製造、さらには運搬に至る全ての航空活動を禁止(航空禁止令)されてしまったからです。東京帝国大学から始まった航空研究所は廃止され東京大学理工学研究所として再出発(1946年)する事となります。さて、この禁止令が解除されるきっかけとなるのがサンフランシスコ講和条約(1952年)です。これにより日本は独立を果たし、1956年に航空禁止令が解除され、その2年後の1958年には「航空に関する学理およびその応用研究を目的」として航空研究所が再開されました。
サンフランシスコ講和条約が結ばれた1952年代、世界はすでにジェット機の時代へ突入していました。イギリスではジェット旅客機コメット1号がデビューしていましたし、フランスではカラベルの設計が開始されていました。戦後、さまざまな分野に散っていた航空工学の専門家たちは取り戻した航空研究の自由を背に、こぞってジェット機の研究を始めていきました。そんな中、東京大学生産技術研究所に結成された航空電子工学・超音速航空工学(AVSA:Avionics and
Supersonic Aeridynamics)研究班は糸川英夫氏の「ロケット機構想」の実現に向けて研究実験を始めていきます。

ここでちょっとした余談ですが、この糸川英夫氏、どこかで名前を聞いたことがある方もいるのではないでしょうか?2010年に地球へと帰還を果たした事で一躍有名となった小惑星探査機「はやぶさ」、この探査機が向かった小惑星の名前が「イトカワ」でしたね。元々は小惑星25143という名前でしたが、はやぶさの打ち上げが行われた年に彼の名にちなんで「イトカワ」と名付けられたようです。
話を戻しまして、1955年のペンシルロケットの発射実験に1958年のカッパ(Κ)-6型ロケットの開発など、日本の宇宙開発は着実に前進していきました。1964年には東京大学航空研究所と生産技術研究所の観測ロケット関係の部門が中心となり東京大学宇宙航空研究所が設立されます。そして1970年2月、固体燃料を用いたラムダ(L)-4Sロケットによって日本初の人工衛星「おおすみ」を軌道へ送りました。人類初の人工衛星スプートニク1号が1957年でしたので、実に約13年の歳月が経過しています。

1981年には、全国にある大学の共同利用機関として文部科学省宇宙科学研究所が誕生しました。日本初の人工衛星「おおすみ」から小惑星探査機「はやぶさ」まで、宇宙科学研究所とその前身によって打ち上げられた科学衛星・探査機は27機にも達しています。もしかしたら、あれ?「はやぶさってJAXAじゃないの?」と思った方もいるかもしれません。実は小惑星探査機「はやぶさ」はJAXAの前身にあたる研究所によって開発され、2003年5月に打ち上げられています。ちょっと驚きですよね。このように宇宙科学研究所は、日本だけでなく世界でもトップクラスの宇宙科学研究の拠点へと成長を遂げ、時には世界をリードするほどの成果を上げていくことになりました。
2003年10月、宇宙開発事業団と航空宇宙技術研究所が統合され、宇宙航空研究開発機構(JAXA:Japan Aerospace exploration Agency)が発足しました。これにより宇宙科学研究所は宇宙科学研究本部として、それまでの成果を引き継いでいます。そして、2010年にはJAXAでの宇宙科学をさらに進めていくため、宇宙科学研究本部から宇宙科学研究所(ISAS:Institute of Space and-
Astronautical Science)へと名称および組織変更が行われ、現在に至ります。
今回は「宇宙開発」について世界と日本の歴史を辿っていきました。日本の諺には「百聞は一見に如かず」とありますが、宇宙にはいまだ解明されていない未知が多く存在しています。それらを解明するにはやはり実際に行って観察する、もしくは実際のものを採取するのが一番です。そうなると宇宙開発は重要な存在となるでしょう。

2010年、小惑星探査機「はやぶさ」は世界で初めて小惑星からサンプルを採取し地球への帰還を果たしました。続く「はやぶさ2」も小惑星リュウグウからサンプルを採取し2020年に地球への帰還を果たしています。今後も多くの探査機が宇宙での旅をし、さまざまな発見をもたらすことが期待されます。
もしかしたら先の未来では、人が実際にもっと遠い宇宙の星へ行ってサンプルを採取する可能性だってあるかもしれません。もしも話を挙げるとキリがないので、この辺で終わりにしますが、世界と日本の宇宙研究開発はこれからますます面白くなっていくはずです。今後が楽しみですね!