技術資料

やわらかサイエンス

染めから見える、自然と布(後編)

担当:戸内
2025.12

中編では、泥を利用した染色や草木染の世界をのぞき、自然素材を活かした技法を見てきました。後編では、そうした染色の知恵が息づく伝統工芸品としての着物に目を向け、日々の暮らしの中でその魅力をどう活かせるかについて考えてみたいと思います。

着物の反物と、その無駄のない仕立て

着物の生地は「反物(たんもの)」と呼ばれる、幅約37cmの細長い布です。巻物のような形状で、夏になると浴衣の反物を目にする機会も多いのではないでしょうか。
着物は、袖や身頃などの8つほどのパーツを、ほぼ直線だけで裁断して仕立てられています。洋服のように複雑な型紙を使わないため、布のロスがほとんど出ないのが特徴です。実際に着物をほどいたとき、その合理性と無駄のなさに驚かされました。
さらに着物は、一度仕立てたものをほどいて、つなぎ合わせることで反物の状態に戻すことができます。和裁の知識があれば体型の変化に合わせて何度でも仕立て直すことができます。こうした「循環できる服」という点から見ても、着物は環境にやさしい衣服と言えますね。

洋服と着物の裁断イメージ

私は和裁の知識が無いため、着物として仕立て直すことはできませんが、ほどいた着物を洋服へ作り替えることがあります。着物ならではの柄を活かすことを考えながら、生地の配置や型紙を工夫するのはとても楽しい作業です。洋服に作り替える際には端布が多く出てしまいますが、絹などの貴重な布地はなるべく捨てずに保管し、小物作りに活用したいと思っています。

作り替え例(左:スカート、右:肩掛けバック)
作り替え例(左:スカート、右:肩掛けバック)

祖母の着物と受け継がれる工夫

着物の合理的な仕立てについて考えていると、私の身近でそれを体現していた人のことが、自然と思い浮かびます。祖母は和裁も洋裁も得意で、浴衣を仕立てるのはもちろん、祖父の古くなった浴衣を自分用の洋服に作り替えるなど、布を最後まで使い尽くす工夫をしていました。「リサイクル」という言葉が一般的になるずっと前から、こうした循環は当たり前のことだったのです。
祖父の浴衣は祖母の手によってスカートに姿を変え、さらにそのスカートを今度は私が夏用のブラウスに作り替えて着ています。生地そのものは40~50年ほど経っているでしょうか。年月を重ねるほどに柔らかく肌になじみ、独特の心地よさがあります。虫食いがあった部分も補修し、今でも現役で活躍しています。
着物に限らず洋服でも気に入ったものは、手入れしながら長く着続けたいと思います。形を変えてでも使い続けることで、布が持つ魅力を最後まで活かせるのだと実感しています。

3Rイメージ画像(リデュース、リユース、リサイクル)

受け継いだ着物を新たな形へ

前編で触れた祖母から譲り受けた大島紬の着物は、残念ながら祖母との身長差が大きく、縫い込みの余裕もなかったため、着物として仕立て直すことが難しいと判断しました。そこで思い切ってほどき、洋服として新たに生まれ変わらせることを考えています。
とはいえ、貴重な着物にハサミを入れるのはやはり勇気が必要です。洋裁の腕前に自信があるわけではないため、まずは骨董市で手に入れた手頃な着物で試作しています。
着物は、工夫次第でさまざまな形に生まれ変わります。自然の恵みを活かした伝統技術と、限りある資源を大切にする知恵。その両方が詰まった大島紬をはじめとする着物を、これからも大切にしていきたいと思います。

骨董市で手に入れた着物の一部
骨董市で手に入れた着物の一部

一着の大島紬をきっかけに、その背景にある染色や技法を知ることで、自然素材の特性や化学反応を巧みに利用する人々の知恵に触れることができました。知っているつもりでいたことも、作られ方などをたどることで、初めて「わかった」という感覚に近づいたように思います。
そこから連想するように、自分の身近な暮らしの中にあるものや出来事へと視点が広がってきました。身近にあるものに目を向けることで、自然や人の知恵とのつながりに気づくこともあるのかもしれません。

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