技術資料

やわらかサイエンス

染めから見える、自然と布(中編)

担当:戸内
2025.11

前編では、大島紬の工程の「泥染め」を出発点に、その原理や材料について見てきました。
中編では、そこから少し視野を広げて、泥を利用したほかの染色技法や草木染について紹介します。

泥を使った染色・西アフリカのボゴランフィニ

西アフリカのマリやブルキナファソでは、「ボゴランフィニ」または「ボゴラン」と呼ばれる泥染めの布が作られています。タンニンを多く含む植物の葉で布を黄色く染めた後、鉄分を多く含む泥で模様を描きます。乾燥と水洗いを繰り返すことで黒色が定着し、深みのある色合いが生まれます。
ボゴランフィニの布には、歴史や神話を表す模様が描かれることも多く、文化的な意味合いも込められています。同じ「タンニン+鉄分」による化学反応でも、土地や文化の違いによって多様な表現が生まれるというのは興味深いですね。

インドの防染技法・ブロックプリントと泥の役割

インドの伝統工芸「ブロックプリント」では、泥を染色ではなく防染に用います。手彫りの木版を使い、「土・ナチュラルガム・小麦粉・石灰石」を混ぜたペーストを生地に押していくことで、染めたくない部分を保護します。その後、別の木版を使って色を重ね、最後に泥を洗い流すと、防染された部分の模様が浮かび上がります。手作業ならではの版ズレやかすれが温かみのある表現となり魅力的です。日本の生地店でもブロックプリントの生地を見かけることが増えています。

左:ハンカチ、中・右:インド綿取扱店で購入した布
インド綿のハンカチと生地

泥以外の自然素材で楽しむ、家庭でもできる草木染

泥以外にも、身近な植物を使った「草木染(くさきぞめ)」が古くから親しまれてきました。玉ねぎの皮、ヨモギ、紅茶など家庭にある材料からでも色素を抽出でき、気軽に体験できます。
ただし、草木から染料液を作るだけでは色がうまく定着しないことがあります。綿や麻などの植物繊維に染める場合には、あらかじめ水で薄めた豆乳などに浸してタンパク質を付着させる下準備が必要です。また、染料をしっかり布に定着させるためには「媒染(ばいせん)」という工程も欠かせません。媒染とは、布を染める前や後にミョウバン(硫酸アルミニウムカリウム)や鉄媒染液(鉄くぎを酢に入れて作る)」などの液に浸す工程です。草木染も、自然素材を使いながら科学的な仕組みをうまく取り入れた染色法なのですね。

材料例と染め上がりの色の例

  • 玉ねぎの皮:黄色、山吹色など
  • みかんの皮:淡いオレンジ色、黄色など
  • なすの皮 :紫やピンク、エンジ色など
  • ヨモギ  :黄色~緑色(採取時期で変化)

 ※材料の色や染色時間によって仕上がりは大きく変わります

身近な草木染の材料例(玉ねぎ、みかん、ナス、ヨモギ)

日本の伝統染色素材と化学変化の知恵

自然素材を生かした草木染は長い歴史があります。その中でも「藍」や「紅花」は代表的な素材でです。藍はタデアイという植物の葉を乾燥させて発酵させたものを用い、古くから衣服や生活用品に使用されてきました。防虫や消臭の効果があるほか、重ね染めするほど紫外線を遮る効果が高まるという意外な一面もあるそうです。
一方、紅花はキク科の植物で、媒染剤やpHによって黄色から赤まで色が変化します。媒染剤の性質(酸性・アルカリ性)の加減や染めの回数、染める季節によっても仕上がりが異なり、「その瞬間にしか出ない色」に出会えるのが魅力です。また、紅花は食用油やお茶としても広く利用される植物でもあります。

左:紅花 右:タデアイ

自然素材と化学的な仕組みを組み合わせ、身近な植物から美しい色を引き出してきた先人の知恵には驚かされますね。また、季節や産地、収穫の年によって色が微妙に変わるため、同じレシピでもまったく同じ色には二度と出会えません。染色は、まさに一期一会です。

自然の恵みを無駄なく生かす精神は、着物文化にも通じます。後編では、着物の無駄を出さない仕立てや、現代の暮らしでの楽しみ方について紹介します。

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