技術資料

やわらかサイエンス

井戸の話 あれこれ(後編)

担当:藤原 靖
2024.04

中編では、井戸の代表的な掘り方やちょっと変わった井戸の作り方、城の井戸を紹介しました。後編では江戸時代の江戸の井戸と井戸にまつわる話を紹介します。

江戸の下町の井戸

江戸時代の映画やドラマでは、下町の長屋の生活がよく出てきます。そこでは必ず井戸を中心にした庶民の日常生活が描かれています。女性が集まって炊事や洗濯をしている風景です。井戸は一般には地下水をくみ上げるものですが、江戸の下町の井戸は地下水ではなく、上水から配水された水をくみ上げる井戸なのです。
井戸は地下の部分も地上の部分も、ヒバ材で作った底の無い桶を積み重ねて竹ノ輪で締めて作ったものでした。底の部分は底板が張ってあり、水が溜まるようになっています。人々は、底に溜まった上水をつるべや竹竿の先に桶をつけたもので水をくみ上げていました。

上水を地下ネットーワークにように配水する木樋や石樋とは呼び樋で繋がっています。樋は、ひ、とい、かけひと言って、水を送り流すために、竹や木などで作った管のことです。
上水システムは幕府が作ったものですが、管理や料金徴収などの仕事は町がやり、個々の井戸の手入れは庶民がそれぞれやっていました。
特に井戸の手入れは、井戸浚え(いどさらえ)と言って7月7日に長屋では大家さんの号令のもと住民総出で水を汲みだし、専門の職人が井戸の中に入って掃除を行っていました。これは七夕の後の盂蘭盆会(うらぼんえ)に連なる神聖な儀式で、いかに江戸庶民が水と井戸を大切にしていたかを物語るものです。

左:地中にあった桶を積み重ねた井戸本体(発掘されたもの)、右:上水井戸と長屋の風景
左:地中にあった桶を積み重ねた井戸本体(発掘されたもの)
右:上水井戸と長屋の風景
(左右とも東京都水道歴史館・お江戸の科学ホームページより抜粋)

上水は河川の水を高低差を利用して樋を使って水を流す方法で配水していました。これは江戸の町は海辺や湿地帯を埋め立ててできた土地のため、井戸を掘っても塩分が多いなど良質な水が得られなかったために発達した上水システムです。
有名な上水は武蔵野の井の頭池を水源とした神田上水で、配水管である樋の総延長は63kmになるそうです。次にできたのが多摩川の上流を水源とした玉川上水で、江戸の西の入口、四谷大木戸まで約43km、標高差約92mを自然硫化で導水したものです。当時の高度な土木技術を駆使したインフラストラクチャーです。

江戸の上水システムの配置
(科学創造研究所・落語で発見 解説お江戸の科学ホームページの江戸の上水より抜粋)
江戸の上水システムの配置 (科学創造研究所・落語で発見 解説お江戸の科学ホームページの江戸の上水より抜粋)

井戸にまつわる話

井戸にまつわる話と言えば、有名な怪談話の番町皿屋敷があります。ある女性を抹殺しようと試みた男性が、高価な唐絵の10枚のお皿を女性へ預け、そのうち1枚を男性が隠して、目の前で数えさせ足りないことを理由に、その女性を井戸へ投げ込んだ。翌日から夜中になると、1枚、2枚、3枚と皿を数える女性の声がしてくるというお話です。
この話というか演目は、兵庫県の姫路が舞台の播州皿屋敷という室町時代の細川家のお家騒動を背景とした話で、浄瑠璃で演じられたものが最初だそうです。
番町皿屋敷は、江戸を舞台とした江戸期の怪談で芝居です。これをもとに落語などで多く語られたものです。

左:葛飾北斎の「さらやしき」
右:月岡芳年の「皿やしきお菊の霊」
(どちらの絵にも桶のような木組みが見え、特に左は竹ノ輪で締めているのが分かる。)
左:葛飾北斎の「さらやしき」
右:月岡芳年の「皿やしきお菊の霊」
(どちらの絵にも桶のような木組みが見え、特に左は竹ノ輪で締めているのが分かる。)

海外にも井戸にまつわる話があります。グリム童話のホレのおばさんという物語です。あらすじは未亡人に2人の娘がいて、片方は日頃から虐待されている継子でした。この子が糸巻きを井戸で洗っていて落として叱られ、思い余って井戸に身を投げます。そうしたら井戸の中で別な世界のホレおばさんのもとで一生懸命幸せに働き、糸巻きを返して貰い黄金の褒美を持ち帰ります。これを羨んで実の娘も井戸に入ってホレおばさんのもとに行くのですが、ホレおばさんの仕事を怠けて、罰としてコールタールまみれで家に帰されるというお話です。

井戸の話 あれこれ は如何でしたでしょうか。前編では、あまり見かけなくなった井戸のこと、井戸がないと始まらない国のこと、井戸に関する法令について簡単に紹介しました。中編では、井戸の代表的な掘り方やちょっと変わった井戸の作り方、城の井戸を紹介しました。後編では江戸時代の江戸の井戸と井戸にまつわる話を紹介しました。
散歩の途中で井戸を探してみて下さい。神社や城などの歴史的な建造物には、けっこう井戸があります。そして何かにちなんだ名前や言い伝えによる名前がついていて、なかなか興味深いものがあります。

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