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やわらかサイエンス

熊野の奇岩 -熊野古道のもう一つの魅力-(中編)

担当:藤原 靖
2023.12

前編では、熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)への参詣道のルートと紀伊半島南部の地質的な特徴について紹介しました。中編では、世界文化遺産に登録された熊野古道を彩る神秘的な信仰と結びついたジオサイトと産業と結びついたジオサイトを紹介します。

地層境界でできた那智の滝

熊野古道でのジオサイトと言えば那智の滝です。那智の滝は、熊野三山の1つである熊野那智大社にあります。熊野那智大社の主祭神は、熊野夫須美大神(くまのふすみのおおかみ、イザナミノミコト)で、玉垣内には六殿が造営されています。他の二山と違い、御瀧の神様をも祀っているため、一殿・一柱多く神様をお祀りしています。また御瀧の神社は、熊野那智大社別宮飛瀧神社として、那智の滝の正面にあります。
※神社関係は「瀧」、地形関係は「滝」の字を用いています。

那智の滝は、浸食に強い火成岩体である熊野酸性火成岩類の流紋岩と堆積体である比較的やわらかい熊野層群の地層の境界にできた滝です。
那智の奥、那智原始林と呼ばれる手つかずの自然の中には、大雲取連山から流れている流水が集まり、那智四十八滝と呼ばれる大小の滝が点在しているそうです。中でも最も落差が大きいものが那智の滝です。那智の滝は、高さ133m、銚子口の幅13m、滝壺の深さは10m、落下する水量は毎秒1トンと言われているそうです。

世界遺産那智御瀧の碑/那智の滝全景/    長命長寿のお瀧水の画像

左:世界遺産那智御瀧の碑   中:那智の滝全景   右:長命長寿のお瀧水

那智山一帯は、滝に対する自然信仰の聖地です。鳥居から参道に入ると周辺の木々と滝の水しぶきによる冷気のせいか、一種独特の雰囲気となります。日本3大名瀑の1つである那智の滝は、神武天皇によって祀られたと古事記に書かれているそうです。いにしえより熊野信仰の中心地の1つとして数多くの参拝者や修行者が訪れています。修行は滝行(滝に打たれて修行をすること)で、約1300年前から行われてきたそうです。

那智の滝の岩盤をつくっているのは花崗斑岩で、ほぼ垂直に切り立っています。岩盤の表面には縦方向の割れ目、あまり連続性がよくありませんが柱状節理が見られます。那智の滝の位置は、火成岩体である花崗斑岩の末端、つまり堆積体である熊野層群との境界です。

花崗斑岩は硬くて風化や侵食に強い岩石です。一方熊野層群は泥岩や砂岩などの柔らかい堆積岩で風化と侵食されやすい岩石です。水による浸食で硬い花崗斑岩が残り、軟らかい熊野層群の地層が削り取られて、花崗斑岩から熊野層群に流れ落ちるように那智の滝ができたと考えられています。

左:紀伊半島の地質での那智の滝と那智黒石の産地(紀伊半島の地帯区分の一部を加工)
右:那智の滝の柱状節理の様子
左:紀伊半島の地質での那智の滝と那智黒石の産地(紀伊半島の地帯区分の一部を加工)
右:那智の滝の柱状節理の様子

粘板岩を利用した那智黒石

那智といえば那智黒石が有名です。那智黒石は、約1600万年前に形成された熊野層群の黒色粘板岩で、堆積体の岩石です。粘板岩は、海底に堆積した泥の層が長い年月をかけて上に堆積した地層の重さにより水が排水され、周辺の化学物質による続成作用を経て泥岩となったものが、さらに熱や圧力による変成作用を受けて圧縮され、薄い層が何重にも重なった硬質の岩石です。

那智黒石と呼ばれるものは、三重県熊野市の神川町(かみかわちょう)だけで産出されるもので、碁石の黒石や硯(すずり)として大変有名です。
那智黒石は、0.1ミクロンほどの細かい黒色不透明の砕屑(さいせつ)物からできており、砕屑粒子はほぼ一定方向に並んでいます。そのため、一定方向に割れやすい、へき開性をもっているので、石の目を見てきれいに板状に割ることができるそうです。非常に均質かつ緻密で、細工や加工がしやすく、磨けば磨くほど漆黒の美しい輝き放ちます。

左:那智黒石・中:碁石と硯(熊野那智黒石協同組合公式ホームページより抜粋)
右:黒い石がたくさん見られる熊野市有馬町の礫浜の海岸
左:那智黒石・中:碁石と硯(熊野那智黒石協同組合公式ホームページより抜粋)
右:黒い石がたくさん見られる熊野市有馬町の礫浜の海岸

中編では、付加体・堆積体・火成岩体のそれぞれの特徴が様々な景観を作っているジオサイトのうち、信仰と結びついた那智の滝と産業として育まれた那智の黒石について紹介しました。
後編では浸食によってできた奇怪な景観が見られるジオサイトについて紹介します。

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