技術資料

やわらかサイエンス

木々と暮らし -生活・景観・防災-(後編)

担当:藤原 靖
2023.05

中編では公園や道路の植栽枡や植樹帯に植えられた木々、公共の木について見てみました。
後編では、自然環境の中で風雨に晒され過酷な環境にある斜面に生育している木について見てみます。

山の木を伐採すると風雨と地盤との間の緩衝作用が無くなるため、土砂災害を引き起こしやすくなると考えられています。森林が持つ環境の緩衝作用だけでなく、樹木が生育することで根系が発達して、斜面崩壊を抑制する効果もあるのではないかとも考えられています。
そこで後編では、斜面防災や水源涵養といった防災としての観点から、山の斜面の木について見てみたいと思います。

左:斜面の広葉樹の森の写真、右:斜面の針葉樹の森の写真
左:斜面の広葉樹の森          右:斜面の針葉樹の森

斜面と樹木

深層崩壊は別として、表土層を対象とした斜面の表層崩壊では、樹木の根系による斜面安定効果が一定の条件のもとではあるとの見解があります。根系が発達することで土のせん断強度を増大して土壌を補強する効果があると言われています。一方で地盤に亀裂を生じさせたり、木々の自重や風雨による動的荷重で表土層を弱体化することもあると考えられています。

具体的な斜面安定へのプラスの効果として、根系による土壌の緊縛効果や杭的効果があげられます。水平方向の根系の発達により土壌を含めた周囲の木々の根系との絡み合いによる効果、垂直方向への発達によりせん断帯や基岩層に対する杭的な効果などです。
また根系だけでなく落葉落枝の供給により土壌表面の保護などの植生による浸食防止や樹木の吸水による土壌水分低減と根系発達による排水促進等などがあげられます。
マイナス面では、根系の伸長による地盤の亀裂の発達、植生による有機物の供給などの化学的あるいは物理的な細粒化などの風化の助長、樹木の幹や葉が受ける風振動の地盤伝播による地盤のゆるみ等があげられます。

左:根系が浅く孤立した状態で、せん断帯や基岩層への根系の侵入がなく、斜面安定への効果が弱いイメージ 右:根系はよく発達し、せん断帯や基岩層への根系の侵入があり、斜面安定への効果が強いイメージ

左:根系が浅く孤立した状態で、せん断帯や基岩層への根系の侵入がなく、斜面安定への効果が弱いイメージ
右:根系はよく発達し、せん断帯や基岩層への根系の侵入があり、斜面安定への効果が強いイメージ

具体的な斜面安定への影響については、根の変形や根の引き抜き抵抗によるせん断抵抗力の計測やモデル化、根系分布のモデル化による斜面崩壊シミュレーションなどの研究が行われています。
樹木は、その生育、樹齢、根系、樹木密度などの要素があり、樹木の種類によっても多様です。地盤も土壌の厚さや性質、せん断帯の厚さや性質、基盤層の性質など様々で、同時に傾斜などの地形や地質的な多様性があります。
そこで、斜面変動の発生箇所の予知として、時間工学的な計測技術の他に樹木と斜面の関係性に着目して、斜面変動の指標として樹木の弓型、折れ型、波型、傾倒型などの樹木の変形評価の有効性に着目した研究も進められています。

私たちの生活の場として、斜面に近い場所に居住していることも多々あります。その場合の植栽には、土壌緊縛力、土壌保持力など根の深さ、細根の割合、根の張り方などの土留に適した樹木の種類だけでなく、斜面特有の立地条件から手入れがしにくいことを想定して成長が遅い、樹高が低い樹木の選定が重要だそうです。

森林の伐採は斜面崩壊の危険性がありますが、植林を行っても時間が経過するまで油断できません。伐採した直後の山であっても短期的には斜面崩壊が起こらない場合があるそうです。それは樹木の地上部がなくなっても、地下の根系はまだ生きて土壌を緊縛しているからです。
伐採を前提とした斜面利用では、メガソーラーなどの大規模な工事があります。根系が枯れて分解されるまでは数年を要するので、このような斜面利用での安全性については長期的に見守る必要があります。
植林地も同様で、短期的には根系による緊縛力が失われ、根の部分が空洞となり水分浸透を助長します。浸透した水は、せん断帯や基岩層に浸透するため、表層崩壊の危険性が増加し、深層崩壊のきっかけになる可能性もあるそうです。やはり植林地が樹林として形成されるまでには相当の時間を要するので、長期的に見守る必要があります。

左:中央は伐採地の植林初期、左奥は生育初期の植林、右奥は生育した植林、右:皆伐地の斜面(「moreTrees 都市と森をつなぐ」のホームページより抜粋)
左:中央は伐採地の植林初期、左奥は生育初期の植林、右奥は生育した植林
右:皆伐地の斜面(「moreTrees 都市と森をつなぐ」のホームページより抜粋)

一口に植林が良いと分かってもなかなか簡単なものではありません。日本の森林の約4割が植林などの人工林で、その多くが、樹齢数十年が経過しています。伐採に適当な時期を迎えているということは、植林が必然となっているということです。
ところが山林の所有者が国や自治体であれば土地の所有権の点で問題は少ないのですが、個人所有の場合は、植林の可否や植林地の永続性などで問題が多いそうです。
また広葉樹の植林用苗木の調達も大変だそうです。そして植栽した後の定期的な草刈りや獣害対策などの維持管理にも多大な労力を要します。このような維持管理は、本来、ボランティア活動に頼るだけではなく、地域の活動、職業として成立することが持続性に繋がるポイントだそうです。最近では林業に興味を持つ人たちが増えており、植林と林地の持続的な維持管理が期待されます。

木々と暮らし ~ 生活・景観・防災 ~ はいかがでしたでしょうか。
様々な恵みをもたらしてくれる木々ですが、それだけではないことが分かります。神社や景勝地にある木々、町の街路を彩る木々、山の斜面の木々、いつでもどこでも見ることができます。少し見方を変えて木々を見ては如何でしょうか。

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