技術資料

やわらかサイエンス

生命の元素リン -遺伝子から地層まで-(続編)

担当:藤原 靖
2021.07

リンは世界的に偏って産出しており、我が国は多様な形で多くのリンを輸入しています。またリンは資源としての限界が危惧される資源です。そのため我が国では、さまざまなリンの回収やリサイクルについての研究や技術の開発が進められています。

■リンの回収とリサイクル

国内に持ち込まれたリンの大半は肥料として使用されています。肥料の一部は植物に吸収され利用されますが、大部分は吸収されないまま土壌中で固定化されます。固定化されたリンは植物が吸収しにくい形に変化しています。

食料や飼料に利用されたリンは消費と排せつを経て、下水道や水域に流出して拡散し、廃棄物となったものは回収されず拡散しています。
そこで下水中のリンの回収と再資源化が進められています。下水中のリンは化学肥料で輸入している量の約14%、5.5万トンに相当すると言われています。主な回収方法は、MAP法やHAP法と呼ばれる薬液を投入してリンを結晶化させる方法です。効率性が課題であるため、リンを選択的に吸着する材料の開発が期待されているそうです。

左:機能性吸着剤による下水からのリンの回収イメージ            
右:リン循環イメージ&リン回収フロー(一般社団法人 日本下水道施設業協会)
左:機能性吸着剤による下水からのリンの回収イメージ
右:リン循環イメージ&リン回収フロー(一般社団法人 日本下水道施設業協会)

下水中のリンの回収は、肥料、作物、食糧、消費、排せつの循環の中で行われるもので農業・生活分野と言えます。もう1つの回収可能な分野に鉄鋼分野があります。鉄鋼産業では、輸入される鉄鉱石や石炭に0.05%程度のリンが含まれるため、鉄鋼の生産過程でスラグと呼ばれる残渣として濃縮されていきます。まだ回収技術については開発途上のようですが、スラグには10万トンくらいのリンが存在しているそうです。

■リンは身近な重要な場面で活躍

リンの化合物は、金属表面処理剤、電極・電池、難燃剤、可塑剤、医薬中間体、食品添加剤、セラミックスなどの用途で使用されています。身近な用途について3つ紹介します。

人工骨
整形外科では怪我や手術で骨の欠損が生じた場合には、骨の移植が行われています。しかし自分の骨を用いた移植には限度があるので、代わりとなるのが人工骨材料です。これまでは生体適合性に優れている水酸アパタイトが一般的でしたが、骨内で吸収されず永久に体内に残存してしまうため、骨の成長に支障をきたします。そこで骨の成長を阻害しないで最終的に自分の骨へと変わることのできる高純度セラミックスの人工骨が開発されています。
その人工骨は、100~400μm の連続する大小さまざまな大きさの気孔からなるβ-リン酸三カルシウム多孔体という材料です。徐々に自分の骨に置き換わり、血流も良いので大きな骨の欠損部への適用が可能だそうです。

左:β-リン酸三カルシウム多孔体の気孔構造        右:リチウムイオン電池の構造
左:β-リン酸三カルシウム多孔体の気孔構造
右:リチウムイオン電池の構造

リチウム電池
ノート型パソコンやモバイル端末などに幅広く使用されているリチウムイオン電池は、機器の高性能化とともに大容量化が進められています。これまでは、正極のリチウム酸化物としてコバルト酸リチウムが用いられてきました。しかしコバルトは資源的な制約が大きく高価で価格安定性に課題があるため、大型化は困難と考えられています。また可燃性の有機電解質を使用するリチウムイオン電池では、発火防止が大きな課題です。そこで安全性が高く、高出力・大容量の電池に使用できる正極のリチウム酸化物としてリン酸鉄リチウムが実用化されています。

粉末消火剤
最も身近な用途としては、粉末消火剤の主成分としてです。火災は木材火災、油脂火災、電気火災に分類されますが、第一リン酸アンモニウムを使用した粉末消火剤は、いずれの火災にも適用できます。木材などは熱分解をしながら燃焼しますが、炎が消えても高温で熱分解が継続し、可燃性ガスが発生します。粉末消火剤は、加熱分解する過程の反応で水分子を放出し、溶融した薬剤が燃焼物の深部に浸透して再燃を防止することができるそうです。

生命の元素リン -遺伝子から地層まで- は如何でしたでしょうか。リンという元素の生物にとっての重要性や海鳥と島との関係あるいはユニークな地層と偏った算出国など、リンは大変ユニークな元素です。遺伝子という言葉が出てきた時には、リンのことを思い出してみて下さい。

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