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やわらかサイエンス

地底の森ミュージアム -地層の下にさらに湿地林遺跡-(前編)

担当:藤原 靖
2019.09

富沢遺跡では弥生時代から続く水田の遺跡に続き、旧石器時代の環境と人びとの暮らしを知ることができる遺跡が発見されました。それは1988年に小学校建設のための調査で発見されました。現地表下5mの地層から、2万年前の後期旧石器時代の湿地林の跡の発見です。その一部では、当時の人びとが野営した跡なども発見されました。

氷河期の湿地林の植物画像(地底の森ミュージアムパンフレットより抜粋)

■最終氷河期の湿地林の遺跡

最終氷河期の年表図解

2万年前の地球は最終氷河期で、平均気温は現在よりも7~8度低く、最寒冷期にあたっていたといわれています。寒冷な気候ですからトウヒやグイマツなどの針葉樹が多く、わずかにシラカバなどの広葉樹が混じる森林でした。

当時は現在のロシアのサハリン南部から北海道北部の湿地林に類似した針葉樹を中心とした樹林が広がっていたのだろうと推測されています。しかしグイマツ(カラマツの仲間、グイはアイヌ語の「クイ」由来)は、現在では択捉島やサハリンを南限としていて、北海道には全く生育していないそうです。現在の北海道では、アカエゾマツの湿地林が一般的だそうです。

富沢遺跡の湿地林からは、動物ではフンからシカの仲間が生息していたことが分かっています。また炭化物の残りカスが集中している場所があり、これは人々が火を焚いた野営跡と考えられています。周囲には、狩猟に使ったと考えられる100個を超える石器が見つかっています。石器は作りかけや修理中と考えられるものがあります。

森の中で狩猟しながら移動し、野営して翌日の狩りのために道具の修理や準備をして暮らす人間の姿が想像されます。

生息していたシカの仲間(絵)、発掘された湿地林の跡、焚火の痕跡の画像

湿地林の跡で発見された石器は、いずれも旧石器時代のものです。これらの石器は日本考古学協会により、本来の地層にあったものであるかについて慎重な検証がなされました。それというのも、東北では前・中期旧石器ねつ造という大事件があったからです。

■前・中期旧石器ねつ造事件

旧石器捏造事件は、日本各地で前期・中期旧石器時代の遺物や遺跡とされていたものが、発掘調査に携わっていた「神の手」と呼ばれる在野の考古学研究家が、自分で埋めた石器を調査時に掘り出して発見したとする自作自演の捏造事件です。捏造は1970年代から各地の遺跡で行われてきましたが、2000年に石器を事前に埋めている姿を新聞にスクープされ発覚しました。

そのため、日本各地の旧石器時代の研究では、どれが本物でどれが偽物かが分からなくなってしまいました。その影響は、中学校・高等学校の歴史教科書の書き換えや大学入試にも影響が及びました。歴史教科書問題で日本と対立している近隣国からも揶揄され、捏造の疑いを持たれた遺跡の発掘責任者が、抗議の自殺をする事態まで発展しました。

発掘成果が出ない日々が続いても「神の手」が到着すると直ぐに大発見、大発見はゴールデンウィーク中に集中するなど、一部から疑いは出ていたそうですが、なかなか反証や反論は難しかったようです。
原因の1つには、石器という遺物そのものに関する科学的な研究手法が貧弱な一方で年代や層序という傍証が火山灰層の層序に頼っていたためと言われています。考古学協会の調査特別員会の最終報告では、捏造は旧石器時代を超え、縄文時代にも及んでいたそうです。

打製石器、磨製石器の画像

■最終氷河期の動物

旧石器時代の人びとは、狩猟によって食糧を得ていたと考えられています。獲物は野牛、ナウマンゾウ、ニホンシカ、イノシシ、ノウサギなどです。しかし日本では骨や化石などが遺跡から発掘されるに過ぎません。

2019年にロシアと日本の研究チームが、約3万年前の「ホラアナライオン」の全身をシベリアの永久凍土の地層から発見したそうです。これまでナウマンゾウは数多く発見されていましたが、発見されたホラアナライオンは、体長約40cm、体重約800gで、生まれたばかりのメスの赤ちゃんです。CT断層撮影で筋肉や内臓の保存状態が良く残されていることが分かりました。これまで3頭のホラアナライオンを発見していますが、今回のものは特に保存状態が良好で、現在のライオンとの比較や成長過程の推定、DNAの解読が進められるそうです。このほか、約3万年前のものとみられるオオカミの頭部も見つかっており、筋肉や脳などが極めて保存状態が良く残っているそうです。

これだけの肉食動物が生息していた最終氷河期とはどのような環境であったか、興味深いですね。豊かな草食動物の群れがいたことが想像できます。

地底の森ミュージアム -地層の下にさらに湿地林遺跡-(前編)はここまでです。
後編では、湿地という特殊な環境にある遺跡を展示と両立しながら保存するさまざまな工夫についても紹介します。


※資料等最終参照日:2019年9月

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