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やわらかサイエンス

燃える地層いろいろ -泥炭・亜炭-(後編)

担当:藤原 靖
2019.04

前編中編では泥炭を紹介しました。泥炭というと石炭を連想するかと思います。石炭は泥炭が長い年月をかけてできたもので、多くは地下深い地層にあります。また材料は草本というよりも樹木が多いと考えられています。大森林全体が何かの作用で地中に閉じ込められて圧力と温度の作用を受けて石炭となると考えられています。これを「石炭化」と呼びます。

石炭化の程度が低い順に褐炭、瀝青炭、無煙炭と分けています。2~7千万年前の時代は新生代第三紀で、現在に近い樹種の森林が起源であり、産出する石炭は褐炭が主体です。新生代~2億5千年前の時代は中生代で、白亜紀、ジュラ紀、三畳紀の三紀があります。ソテツやイチョウなどの裸子植物の森林が起源で、産出する石炭は瀝青炭が主体です。それよりも前は古生代で、六紀あるうちの二畳紀、石炭紀の現在のシダ類やトクサ類の祖先にあたる植物の森林が起源で、産出する石炭は無煙炭が主体です。

炭を地質学では亜炭と呼びます。生活の中でも亜炭という言葉が用いられています。今回はその亜炭について紹介します。

亜炭

■亜炭燃料の歴史

石炭化の低い亜炭は我が国でも重要な燃料でした。浅い地層から採れることや比較的柔らかい地層であったことが理由のようです。特に東海地方の美濃炭田と尾張炭田の2つで日本の亜炭の約40%を算出していました。東海地方は陶磁器の産地であるため、窯の燃料としての需要が大きいことが影響しています。

横浜にも亜炭鉱がありました。横浜市港南区最戸、日野、野庭町、戸塚区下倉田町などに数10cmの厚さの亜炭層があり、大正や戦時中には横穴を掘って亜炭をとっていたそうです。

また特色のある亜炭に仙台亜炭があります。仙台亜炭は、第三紀の鮮新世(約4百万年前)にできた仙台層群に含まれています。江戸時代には香炉灰という香道で使われ、燃料としても使われました。徐々に燃料としての利用が進み、太平洋戦争での燃料不足で昭和30年代まで風呂やストーブ用の燃料として普及していました。以降は燃料事情の変化により採掘が終わりました。仙台亜炭は、懐かしい生活の記憶として、「亜炭香報」(https://artnode.smt.jp/atanblog/atan.html)として紹介されています。

■亜炭の空洞が問題に

亜炭採取が盛んであった東海地方では、1960年代から亜炭鉱業が衰退し、3000ヘクタールにも及ぶ地域に採掘跡が残されてしまいます。坑道は空洞のままですから、地表沈下や陥没を生じることになりました。

亜炭の一般的な採掘方法は残柱式と呼ばれる方法で、深さ30mまでは3mの幅の柱を残し3.3mの幅で掘削するものです。この方法では地層の体積の75%が空洞として残ることになります。つまり地下に大きな空間ができているということです。空洞の上の地層が強いものであれば陥没が起こりにくいのですが、上の地層に十分な厚みがない、地層が弱い、残柱の大きさが小さいなどの理由で陥没が起こります。

沈下や崩落を防ぐために空洞を閉塞する工事が行われています。地上からボーリング孔を通じて、流動性のある材料を地下空洞に注入する方法です。材料は膨大な量が必要となるので、安全性が確認された産業副産物が活用されています。

流動性のある材料を注入すると空洞の中で広範囲に広がるため、注入範囲を限定できるように工夫したものがあります。自立性がある材料を先に注入して残柱との間に隔壁を作っておき、流動性のある材料を注入して充填する方法です。

左:陥没した様子(画像)、中:残柱式の掘削イメージ図、右:残柱間の空洞での隔壁形成と空間充填のイメージ図

■仙台亜炭のもうひとつの顔

仙台亜炭は、木質亜炭と炭質亜炭の2つがあるという特色があります。木質亜炭は「埋木(うもれぎ)」と言い、江戸時代の仙台藩の山下周吉という人が広瀬川の支流になる竜ノ口渓谷で発見して細工物(工芸品)にしました。これが仙台名産の彫刻・工芸品である埋木細工の始まりです。埋木はケヤキ、マツ、スギ、カツラなどの樹木です。工程は、ナタを使って大まか形を切り出す「木取り」、ノミを使ってくり抜く「くり抜き」、「研き」、「漆掛け」と進み出来上がります。

仙台層群には亜炭の他に珪化木も含まれています。地層に埋もれた樹木が長い時間をかけて、樹木の組織の炭素が固く残り石炭になりますが、珪化木は樹木の組織に地下水に溶け込んだケイ素が入り込み、組織と入れ替わって石英のような化石になったものです。「石炭になり損なった木」とも言われています。

左:竜の口渓谷画像、右:河床で露出した木質亜炭の画像

■ユニークな温泉、モール泉

亜炭や泥炭の地層と関係する温泉にモール泉があります。モールは亜炭や泥炭などをさすドイツ語で、ドイツのバーデン・バーデンのものが有名なことから、ドイツ語になったようです。世界ではドイツと十勝川温泉だけということで有名でしたが、現在では日本各地で確認されています。

温泉の泉質は、温泉に含まれている化学成分の種類とその含有量によって決められます。10種類ありますが、モール泉に該当するものはありません。モール泉は石炭ほど炭化が進んでいない亜炭・泥炭の層から源泉を汲み上げるため、植物起源の有機質を多く含み、肌に触れるとツルツルとした感触があるのが特徴です。外見は飴色あるいはコーラ色なので、黒湯とも呼ばれています。

モール温泉、黒湯温泉の画像

モール泉は日本各地にありますが、東京都大田区や神奈川県川崎市・横浜市などにもあります。大田区のモール泉は、「大田区の黒湯温泉」として親しまれています。フミン酸などの有機物が含まれることによって透明度の低い黒褐色の湯でとなり、弱アルカリ性です。メタケイ酸や重曹類を多く含み、場所によっては塩化ナトリウムなどが含まれます。泉質の分類上は、炭酸水素塩泉や塩化物泉等に該当します。

燃える地層 -泥炭・亜炭- は如何でしたでしょうか。泥炭・亜炭は私たちの生活に深く関係しています。どちらも植物からの贈り物ですが、ひとたび使い方や対応を間違ってしまうと火災、ひいては地球温暖化、陥没事故といった具合に、大きなしっぺ返しがあることも分かりました。賢く大きな視野で自然の産物と向き合っていきたいものです。


※資料等最終参照日:2019年4月

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