技術資料

やわらかサイエンス

地層と健康いろいろ(中編)

担当:藤原 靖
2018.03

いにしえから薬に使われていた鉱物ですが、現在も薬の材料に使われています。薬だけではなく、粘土を食べて健康増進を図ることもあるようです。しかし健康を損ねる場合もあります。

■現代の薬にも

飲む薬

粘土は、現代でも依然として薬として使われています。その代表的なものが、制酸剤と吸着剤です。制酸剤は胃液が多くなる胃酸過多に作用して、胸やけや空腹時の胃痛を防止するものです。中和剤としての役目があり、強酸性の胃液の酸性度を和らげます。使われる粘土は、酸性白土という粘土が使われます。最近ではハイドロタルサイトという粘土が、胃酸の中和力が強く、pH3~5を維持する時間が長い、副作用がない、胃粘膜の保護作用があるなどの特性から使用されています。第一三共胃腸薬9錠中の成分・分量の例を紹介します。ハイドロタルサイトが3g中の10分の1に相当する量が入っています。

第一三共胃腸薬9錠中の成分・分量の例

吸着剤は消化器系の薬で、胃腸内の有害バクテリアや有害物質を吸着して下痢の緩和や解毒の目的で使用します。整腸や便秘の改善に効果があります。使用される粘土は、酸性白土やゼオライトというものです。

粘土は基剤としても使われます。風邪薬やビタミン剤などの錠剤のような飲み薬で使います。薬効成分である主剤は非常に微量なので、錠剤を一定の重量や大きさにして扱いやすいように粘土でわざわざ増量しています。主にカオリンなどの粘土が使われます。

左:胃腸薬錠剤イメージ、右:消炎用のパップ剤

塗る薬

からだに塗る薬を外用薬と言います。塗り薬にも粘土が使われています。筋肉痛や打ち身ねんざ用に、患部を冷やしたり血行を良くしたりするパップ剤というものがあります。カオリンという白色粘土を使った湿布剤で、少量の薬効成分を患部全体に伸ばして、行きわたらせる基剤として粘土が使われます。その他に軟膏やローションといった形式の塗り薬もあります。やはり少量の薬効成分を基剤によって均一に薄める、分散する、変質を防ぐなどの目的と皮膚に馴染む性質からベントナイトという粘土が使われます。

■粘土を食べて健康増進

世界各地には、古くから、地層にある粘土を食べる風習があります。ただし飢饉で食べるものが無くて壁土(かべつち)を食べたり、異食症(いしょくしょう)で土を食べたりすることは除きます。風習の多くは、粘土に穀物やハチミツに混ぜたもの、ドングリやジャガイモに混ぜて煮たりパンのように焼いたりしたものです。アイヌ民族にも「チ(私たち)・エ(食べる)・トイ(土)」という汁物や山菜和えのとろみ付けに珪藻土を用いた風習があるそうです。いずれの風習でも毎日毎食、粘土を食べていた訳ではないかもしれません。粘土にはミネラル分しかありませんので、決して食材の主体ではありません。しかし粘土を食べることは、人々の生活や健康の知恵として意味のあることのようです。

ところで、健康増進とは少し違いますが、太平洋戦争中はビスケットや乾パンなどに増量剤として粘土を加えていたことが知られています。健康というよりも粘土は体に無害という性質が活用されていました。

粘土はいろいろな物質を吸収する性質があります。その性質を利用して、ドングリの渋みやジャガイモの芽などに含まれる毒(ソラニンやチャコニン)を除去していました。特に野生の植物の実や根にはアルカロイドと呼ばれる毒素を含むことがよくあります。園芸種であってもジャガイモのように芽には毒素が含まれます。食材を前もって粘土と混ぜての調理する、あるいは食べてからも粘土を食することで、体に良くないものを粘土に吸収させて排泄し、毒素の影響を無くする知恵です。

渋みや毒の除去という点では、粘土は現在でも工業的に各種の材料の精製過程で使われます。粘土は、猫砂として馴染みのあるペットのトイレの砂に使われることからも分かります。粘土は、有害なアンモニアや嫌な臭いをきれいに取り除いてくれます。

粘土の効能として、もう1つの理由にミネラルの補給ということが考えられます。多くの野生動物には土や岩を齧ったり舐めたりする習性があります。またその土や岩はどこでもというわけではなく、特定の場所のものが好まれるようです。動物園でもカンガルーなどには粘土を与えることで健康を保っているそうです。

ミネラル補給、特にカルシウム不足が深刻なのは宇宙飛行士も同じです。無重力空間では骨粗しょう症になるためですが、カルシウムを含むサプリメントや食品を摂れば改善するというわけでないそうです。そこで超微粒のカルシウムを含む粘土を摂取することで、効果を得ているそうです。

左:ドングリ、右:ジャガイモの芽

■食べてはいけない

ところで土には、土の汚染の有無を判断するために基準が設けられています。基準には汚染している物質がどのくらい水に溶けだしてくるかという基準(溶出量基準)とどのくらい含まれているかという基準(含有量基準)の2つがあります。
溶出量基準は、汚染している物質が土から水に溶けだした水を飲んだり、そのような水を吸収した作物を食べて健康被害ができることを防止するためです。では後者はどのような場面でしょうか。

含有量基準は土を食べた場合を想定しています。しかし現代社会では、普通、土を食べることは考えてみたこともないのではないでしょうか。せいぜい公園の砂場で遊んでいる子供が口にしてしまうくらいではないでしょうか。したがって土を食べる場合の基準というのは、現実的には重要ではないかもしれません。しかし一方では、人間にも土や粘土を食べる風習や動物にも舐める習性があるという意味では必要な基準かもしれません。

伝統文化で経験的に安全性を判断して食用を受け継いできている場合や高度に衛生管理された食用の場合を除いて、普通は粘土や土は口にするものではありません。普段の生活では、泥付きの野菜などは身近ですが、やはりよく水洗いをして食べてください。

左:土壌汚染対策法に基づく環境省の溶出量基準と含有量基準の抜粋、右:泥団子のイメージ

中編は、ここまでです。後編では「吸うと危険」、「土から大発見」を紹介します。


※資料等最終参照日:2018年3月

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