技術資料

やわらかサイエンス

石灰もいろいろ(後編)

担当:藤原 靖
2017.10

いよいよ後編です。後編は「石灰岩と地下水」の話から始まります。

■石灰岩と地下水

石灰岩が水にわずかに溶けるのでカルスト地形や鍾乳洞ができるのですが、石灰岩の成分などがわずかに溶けた水がミネラルウォーターとして有名なエビアンです。

ミネラルウォーターは大変身近なものになりましたが、硬水と軟水の区別も馴染みのあるものとなっています。ご存知のとおり硬水はカルシウムやマグネシウムなどのイオンを多く含むもので、軟水は少ないものです。これらのイオンの量から硬水の指標が決められています。代表的な指標であるアメリカ硬度では、60ppm以下を軟水、60~120ppmを中軟水、120~180ppmを硬水、180ppm以上を超硬水と呼び分けられています。

ヨーロッパでは石灰岩質の地層で育まれた地下水が多いので、ほとんどが硬水です。フランス産のエビアンやヴィッテルの硬度は300ppmを超えているので超硬水です。同じフランス産ですが、ボルヴィックは60ppm以下の軟水です。店頭に隣り合わせで並んでいるのをよく見かけますが、水質は全く違います。

鍾乳洞、フランス産のミネラルウォーターイメージ

■石灰岩と温暖化

石灰岩と温暖化とには密接な関係があります。石灰岩の成分は炭酸カルシウムで、炭酸には炭素が含まれます。そこで、地球の温暖化の問題では、炭酸と関係する炭素の地球規模での循環に注目が集まっています。

地球の炭素の保管場所

炭素循環では、炭素がある場所として、大気、陸上の生物圏、海洋、地層の堆積物の4つの保管場所があります。大気中の炭素は、主に二酸化炭素の形で存在しています。陸上の生物圏の炭素は、微生物から植物にいたる生物の体とその遺骸や排泄物です。地面の上に限らず、地層のごく表面である土壌の中にも土壌動物や微生物、植物の根、植物遺体が分解した腐植(ふしょく)と呼ばれるものもあります。海洋の炭素は、海の表層から深海に至る海水に溶けている二酸化炭素や炭酸カルシウムとして沈着したり沈殿したものです。地層の堆積物の中の炭素は、石灰岩と地層を構成する岩石に含まれる炭酸塩鉱物、何と言っても石炭や石油などの化石燃料と言われるものです。

4つの保管場所のうち、地球の表層付近での最も大きな炭素の保管場所は海洋です。しかも海洋と大気は常に接しているため、海洋は化石燃料の燃焼で排出された二酸化炭素の大気中での増加の影響をまともに受けることになります。その1つが地球温暖化であり、もう1つの問題が「海洋の酸性化」と言われています。

サンゴ、ホタテやカキの貝殻イメージ

海洋での炭素の固定

海洋での炭素の固定は、海面での吸収、海洋生物の光合成による固定と石灰化による固定の3つです。3つの吸収や固定での炭素の反応や形態は次のように示されます。

海洋での炭素の固定を示す、3つの数式

海面で二酸化炭素がよく吸収されるためには、大気の下の層と海面との間で、二酸化炭素の濃度の差が大きくなる必要があります。海水中の濃度を下げる作用としては、水温の低下(溶解度の上昇)と海洋生物の光合成の増加とが考えられています。

光合成では二酸化炭素と水により有機物が作られます。石灰化ではカルシウムと炭酸から炭酸カルシウムの結晶ができます。

石灰化では、炭素の反応や形態で紹介したように二酸化炭素が1つ発生するため、石灰化のみでは大気中の二酸化炭素を固定することができないことが分かります。石灰化と光合成が同時に行われ、石灰化で発生する二酸化炭素より多くの二酸化炭素が光合成で利用される場合に二酸化炭素は固定されることになります。

サンゴでは動物であるサンゴ虫が石灰化を行い、共生する植物である褐藻が光合成を行います。サンゴで深刻な問題となっている白化現象は、光合成を担う褐藻が居なくなってしまう現象です。したがって、海洋での炭素の固定は、光合成と石灰化を担っている海洋生物が健全に生息することが非常に大切であることが分かります。

二酸化炭素の動き、海洋中の二酸化炭素のイメージ

海洋の酸性化がもたらす危険性

海洋生物の健全な生息を脅かす問題があります。それが海洋の酸性化です。海洋の酸性化の状況は、気温上昇に比べて正確なデータを取るのが難しく、なかなか実態がつかめなかったそうです。しかし、気象庁が1960年代から続けている海洋調査で、日本近海でも海洋の酸性化が捉えられました。その調査というのは、東経137度線に沿って日本から赤道までの間を観測船で観測したり、サンプルを持ち帰って調べたりする大がかりなものです。

調査では、緯度に関係なくpHが10年あたりで0.018低下していることが分かりました。その原因は二酸化炭素が海水に溶け込む量の違いです。海水は通常、pH8.1前後の弱アリカリ性なのですが、たくさんの量の二酸化炭素が溶け込むことから中性に近づくようになります。産業革命以降に比べ、pHが0.1程度下がったと推測されています。

0.1という数値は小さく思いますが、海の生態系に大きな影響を与えていると考えられています。体を守る働きが未発達の稚魚や幼生では、海水の変化で体内環境が変わり、成長に影響が出ることや殻がうまくできなかったり溶けたりすると考えられています。実際に炭酸カルシウムでできた殻が溶けて薄くなったプランクトンが見つかっているそうです。

サンゴや二枚貝の殻は、カルサイトと全く同じ成分で、結晶のでき方が少し違うアラゴナイトからできています。アラゴナイトは、カルサイトよりもpHの低下で溶けやすく、水温の低い極域の海では、海水のpHが7.84になるだけで、アラゴナイトをつくる生物は炭酸カルシウムを作れなくなると考えられています。極域の海では、表層の海水のpHを7.84にさせる大気の二酸化炭素の濃度は約640ppmです。この約640ppmという濃度は、21世紀の後半に到達するとされる大気の二酸化炭素の濃度です。

海洋の酸性化の問題は、まだまだ観測が十分でなかったり、生物の種類ごとの影響の解明が不十分だったりしますが、決して遠い将来の話ではありません。我々が直面している深刻な地球環境の問題です。

今回の石灰とその仲間たちにまつわる話はいかがでしたでしょうか。お城の白壁、卵や貝の殻、ミネラルウォーター、海などを見た時に、石灰とその仲間たちの私たちの生活での活躍ぶりや地球環境の話を思い出してみて下さい。

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