技術資料

やわらかサイエンス

酸っぱさもいろいろ(後編)

担当:藤原 靖
2017.07

前編は酸についてのおさらいをしました。後半は、いよいよ酸っぱい地層の主役などの話です。

■酸っぱい地層の主役

酸っぱい地層の主役は「酸性硫酸塩土壌」と呼ばれています。地層の酸っぱさの原因は硫酸です。酸性硫酸塩土壌になるには、その元となる地層があります。元となる地層には、海でできるものと火山の作用でできるものの2つのタイプがあります。

海でできるものは海成(かいせい)といいます。海辺の水の動きが緩やかなラグーン(潟湖 せきこ)や低湿地のような環境に植物が密生して繁茂します。マングローブやヨシ原などです。このような場所では、落葉落枝などの植物遺体が溜まりやすく、徐々に微生物に分解されます。分解は酸素が非常に少ない状態、還元状態で進みます。還元状態が進み持続された環境になると海水中の硫酸イオンが還元して硫化物ができます。硫化物の多くは硫化鉄となり黄鉄鉱をたくさん含む地層ができあがります。このような黄鉄鉱を含む地層は海成層と呼ばれ、日本各地に広く分布しています。東南アジアの国々にも広く分布しています。これが元の地層です。

黄鉄鉱を含む地層が何らかの理由により陸化します。地質的な隆起であったり、人間による干拓(かんたく)であったりします。今度は陸地ですから、年中空気にさらされているので酸素が供給され、酸化が起こります。酸化状態が進むとイオウ細菌とか鉄バクテリアなどの微生物の作用も加わって黄鉄鉱が酸化して、ついには強酸の硫酸ができます。

左:火山活動でできた黄鉄鉱(ルーペで観察)、中:還元状態で微生物が関与してできた黄鉄鉱(電子顕微鏡で観察)、右:硫酸を保存していた硫酸ビン
左:火山活動でできた黄鉄鉱(ルーペで観察)
中:還元状態で微生物が関与してできた黄鉄鉱(電子顕微鏡で観察
右:硫酸を保存していた硫酸ビン
左:黄鉄鉱が酸化して鉄は酸化鉄として沈殿、右:強酸性のため緑化工事(植生吹付)をしても植物が生育しない状態
左:黄鉄鉱が酸化して鉄は酸化鉄として沈殿
右:強酸性のため緑化工事(植生吹付)をしても植物が生育しない状態

隆起して陸化していても普通は表面に火山灰や陸でできた堆積岩などが覆っているため露出していません。したがって、酸性を示すことなく地中で眠っているわけです。ところが宅地、工業団地、農地開発のために造成工事をすると表面を保護していた地層が取られて剥き出しとなり、空気中の酸素や雨水が供給されて硫酸を生じることになる訳です。

もう1つのタイプは火山性のものです。火山砕屑物(かざんさいせつぶつ)、熱水変質、火山噴気などが原因でできた黄鉄鉱を含む地層です。こちらは海成に比べると分布する面積が少なく、火山や温泉の近くなど限られた場所でみられます。

ところで、マングローブは植物の名前ではないということを知っていますか。マングローブとは、1日のうちに陸上になったり海中になったりする部分にある森のことです。植物をさす時にはマングローブ植物というそうです。マングローブ植物の種類は100種類くらいあり、呼吸する根(呼吸根)を持つものもあるそうです。

左:潮が満ちてきたマングローブ林(いつも湿潤な環境)、右:マングローブの植物と泥土(植物から有機物が供給される環境)
左:潮が満ちてきたマングローブ林(いつも湿潤な環境)
右:マングローブの植物と泥土(植物から有機物が供給される環境)

■酸っぱい地層とコンクリート

酸性硫酸塩土壌は地下埋設の配管やタンクの腐食を引き起こします。また建物の基礎コンクリートの劣化を生じさせます。コンクリートはセメントと水とが反応してできた水和物(すいわぶつ)で砂や砂利を固めたものです。硫酸は、この水和物を分解します。分解する過程で石膏ができますが、石膏と水和物がさらに反応するとエトリンガイトという膨張性のある結晶ができるため、コンクリートの破壊が進みます。

左:コンクリートが硫酸塩を含む地層にある場合はコンクリートが侵食され劣化します。
右:硫酸塩を含む地層が下にあり雨水の浸透の無い場合には、硫酸塩が毛管作用で上昇してコンクリートが侵食され劣化します。
左:コンクリートが硫酸塩を含む地層にある場合はコンクリートが侵食され劣化します
右:硫酸塩を含む地層が下にあり雨水の浸透の無い場合には、硫酸塩が毛管作用で上昇してコンクリートが侵食され劣化します

■酸っぱい地層の調べ方

地層が酸っぱいかどうかはpHを測ります。pHは溶液でないと測れませんので、地層をほぐしたり砕いたりしたものに蒸留水を加えて溶液(懸濁液(けんだくえき)といいます)にしたもので測ります。測る方法は、例えば、地盤工学会の基準方法としてルールが決められています。

地層の中には、時間の経過とともに酸っぱい地層になることがあります。ただし、酸っぱい地層は黄鉄鉱を含むだけでは生じません。1つは黄鉄鉱を含む地層が酸化状態になった時に酸化しやすいかどうかです。火山性の黄鉄鉱では結晶が大きいものは非常に安定して簡単には酸化しない一方、火山性でも非常に微粒なものや海成の表面積の多い結晶は簡単に酸化します。2つ目は、黄鉄鉱は酸化して硫酸を生じたときに、これを中和するような鉱物が地層に含まれているかどうかです。中和する鉱物は方解石などが一般的です。方解石の成分は炭酸カルシウムです。

そこで、将来、酸っぱい地層になるかどうかを調べる方法があります。これは、過酸化水素水(傷の消毒に使うオキシドール)を加えて強制的に酸化させ、硫酸を発生させてから、pHを測るものです。地層に酸を中和する能力が無い場合にはpHが非常に低くなります。この方法も、30%の過酸化水素水を使うこと、pHが3.5以下になったら酸性硫酸塩土とみなすなどのルールが決められています。

■酸っぱい地層と農業

最後は酸っぱい地層とガーデニングや家庭菜園の話です。植物を育てる上では、pHは非常に重要な指標です。pHによって、5.0以下:強酸性、5.0~5.5:酸性、5.5~6.0:弱酸性、6.0~6.5:微酸性、6.5~7.0:中性、7.0~7.5:微アルカリ性、7.5~8.0:弱アルカリ性、8.0~8.5がアルカリ性、8.5以上が強アルカリ性といわれています。我が国は酸性の土壌が多いことで知られています。

では土壌が酸性化するどのようなことになるのでしょうか。酸性の程度によりますが、強いと根の働きが阻害されます。また土壌粒子から根に有害なアルミニウムイオンが溶け出し、障害が大きくなります。さらに根の窒素やリン酸などの養分が吸収しにくくなって欠乏症となる反面、土壌粒子などからマンガンや亜鉛などが溶け出して過剰症を起こします。酸性を改善するには石灰を混ぜるのが一般的です。

左:過酸化水素水は傷の消毒にも使われます。
中:酸性の矯正に使われる石灰は乾燥剤でも活用されています。
右:家庭菜園でも土作りが大切です。
左:過酸化水素水は傷の消毒にも使われます
中:酸性の矯正に使われる石灰は乾燥剤でも活用されています
右:家庭菜園でも土作りが大切です

今回の酸っぱい話はいかがでしたでしょうか。沖縄などのマングローブ林を訪れた時、あるいはガーデニングや家庭菜園で草花を育てる時に、地層の酸っぱさを思い出してみて下さい。

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