技術資料

やわらかサイエンス

塩からさもいろいろ(前編)

担当:藤原 靖
2016.11

今回は塩辛い土のお話です。塩辛い土は私たちにはあまり馴染みがありませんが、それでも最近では、「東日本大地震の津波による農地の塩害」という言葉を耳にしたことがあると思います。じつは、私たちの想像以上に世界中で大勢の人達が塩辛い土に悩まされているのです。

塩辛い土の話をする前に、土の状態が悪くなっていくことについて説明します。土には植物を生育させる力と水分や養分を蓄えたり供給したりする力とがあります。何かの理由で、これらの力が劣ってくることが土の状態が悪くなることです。難しい言葉では、土壌荒廃(どじょうこうはい)あるいは土壌劣化(どじょうれっか)といいます。
土が悪くなる原因は、自然によるものと人間の活動によるものとがあります。自然によるものは、集中豪雨により土が流れ出る、高潮により海水が入る、水害・旱魃(かんばつ)で湛水(たんすい)や乾燥が長く続くことなどです。津波で冠水(かんすい)した農地の被害もその一つです。

人間の活動によるものは、農地での不適切な水管理や化学肥料に偏った長期間の使用、工場の煤煙(ばいえん)などで生じる酸性雨による酸性化、精錬や化学薬品の流出による有害物質の蓄積などです。農地だけではありませんが、福島第一原子力発電所の事故で拡散した放射性セシウムも人間の活動による有害物質の蓄積の一つです。
土の悪さの状態には、水によるもの、風によるもの、化学的なもの、物理的なものがあります。悪さの状態が水によるものが全体の過半数を占め、それは主に水による浸食です。風によるものは、表土が吹き飛ばされる、地形が変わってしまうなどの、いわゆる風食です。化学的なものは、養分や有機物が少なくなったり、塩分や汚染物質が溜まったり、酸性が強くなることです。物理的なものは、土が固くなること、地盤沈下を起こすことなどです。

塩辛い土は、難しい言葉では塩類集積土壌(えんるいしゅうせきどじょう)といい、悪さの状態は化学的なものになります。2種類あり、土の中の水に溶け出るナトリウム、カルシウム、マグネシウムなどのイオンが多い土を塩類土壌、土の小さな粒子に電気的にくっついているナトリウム、カルシウム、マグネシウムなどのイオンが多い土で、特にナトリウムイオンの割合が多いものをソーダ質土壌と言います。ソーダとはナトリウムのことです。
自然に塩辛くなった土は950万平方キロメートルあり、地球の陸地面積の約7%を占めています。人間の活動で塩辛くなった土は、世界の全農地面積約15億ヘクタールに対して9億ヘクタール(60%)にもなっているという深刻な報告もあります。

左:塩類集積土壌では植物の生育障害が起こります。
左:塩類集積土壌では植物の生育障害が起こります
右:アマモは浅瀬に生育する植物で海のゆりかごと呼ばれています。
右:アマモは浅瀬に生育する植物で海のゆりかごと呼ばれています

ではなぜ塩辛い土になると困ってしまうのでしょうか。土の中にある水は土の粒子に引き付けられています。塩辛い土では、塩分の影響で非常に強く引き付けられます。そのため、作物にとっては土の中に水があるのに吸い上げられないという状態に陥ります。また、土の粒子にくっついているナトリウムイオンが多いソーダ質土壌では、土がアルカリ性になって作物に大切なリン酸などの養分が吸収できない、土が固くなって根が伸びなくなるなどの障害が出てきます。

一方で、海中に生える種子植物であるアマモを刈り取り、堆肥として畑に入れると作物の収穫が良くなるという古くからの知恵もあります。アマモは海のゆりかごと呼ばれ、沿岸の浅瀬の砂泥地に密生する植物です。刈り取った際にアマモに付着した適度な塩分の補給は、作物の生育を促進すると考えられています。ほど良い塩辛さは、妙薬になるということでしょうか。

塩辛い土になる原因の1つが、化学肥料だけを長年にわたってたくさん使うことです。例えば、ビニールハウスの中で化学肥料をたくさん使っていると塩辛い土になります。化学肥料の成分は塩の仲間です。ビニールハウスの中は、当然ですが雨は降りません。どきどき水撒きをしますが、肥料が洗い流されるほどではありません。乾燥すると塩分が地表付近に戻って来るので、塩分が表層の土に溜まってしまいがちになります。
そこで定期的にビニールハウスの場所を変えます。ビニールハウスがあった元の場所には雨が降りますので、洗い流されて過剰な塩分はなくなります。これは雨の多い日本ならではの自然の力による修復作業と言えます。最近は深刻な水害もありますが、やはり日本は水に恵まれた国と言えます。

左:ビニールハウス(手前が移動できるタイプで、時々場所を変えられます。)
中:化学肥料の成分(化成肥料とも呼ばれ無機質です。)
右:たい肥(有機質の肥料で、完熟したものは土を良好な状態に保ちます。)
左:ビニールハウス(手前が移動できるタイプで、時々場所を変えられます。)
中:化学肥料の成分(化成肥料とも呼ばれ無機質です。)
右:たい肥(有機質の肥料で、完熟したものは土を良好な状態に保ちます。)

また塩辛い土になる原因の1つに、大規模な農地での水の撒き過ぎがあります。日本にはありませんが中央アジアの乾燥地帯では、地下水が塩辛いことが珍しくありません。塩辛い地下水がある場合に、農業用水の潅漑(かんがい)で水を撒き過ぎると、撒いた水が大量に染み込んで塩辛い地下水と繋がります。水撒きを止めると、乾燥地帯であるため、塩辛い地下水が毛細管現象(もうさいかんげんしょう)で地表に上がってきて蒸発して塩が土に残ります。これを繰り返してどんどん地表の土の中に塩が溜まってきます。これをウォーターロギング(湛水湿害、たんすいしつがい)といいます。

貴重な真水をどんどん使ったために、かえって土が塩辛くなるとは大変皮肉な話です。「過ぎたるは及ばざるがごとし」です。このようなことがインダス文明の衰退の原因の1つとも言われています。近年ではカザフスタンの農地の塩類化が有名です。その他にもメキシコ、中国、オーストラリアでも大きな問題になっています。

左:過剰な潅漑(水を撒き過ぎると塩分を含む地下水の水位が上昇します。)
右:塩類の集積(蒸発が進むと地下水の塩分が毛細管現象で地表に出て塩分が溜まります)
左:過剰な潅漑(水を撒き過ぎると塩分を含む地下水の水位が上昇します)
右:塩類の集積(蒸発が進むと地下水の塩分が毛細管現象で地表に出て塩分が溜まります)

前編はここまでです。後編は塩辛い土の直し方と役に立つ塩辛い土の話です。

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