技術資料

やわらかサイエンス

岩のこのみはいろいろ(後編)

担当:藤原 靖
2016.10

前編に続き、後編でも変わった場所でも生きていく植物の話です。

■硫気孔原(りゅうきこうげん):酸性が極端に強い環境

各地の火山や温泉の周辺には、いつも火山ガスを噴き出している穴がありますが、ガス成分に硫化水素や二酸化イオウなどのイオウ化合物を含むものはとくに硫気孔と呼び、そのような場所を硫気孔原と言います。硫気孔原にはイオウ化合物の臭気が漂っており、付近の土壌、沢、池などはイオウ化合物が酸化されてできた硫酸のために強酸性となっています。

このような過酷な環境でも生存できる植物は、ヤマタヌキラン(カヤツリグサ科)、コメススキ(イネ科)、ヌマガヤ(イネ科)などです。

硫気孔原では、標高が低くても過酷な環境なので、標高の高い森林限界で生育する植物の生育が見られることがあります。硫気孔原の植生は、遠景すると、硫気孔から離れるにつれて次第に火山ガスの影響が弱くなり、他の植生に変化してやがて周囲の森林へとなるのが分かります。
硫気孔原は、草津白根山殺生河原、鬼首片山地獄、箱根大涌谷、八甲田山酸ヶ湯、八幡平などの火山地帯で見ることができます。

左:箱根大涌谷の近景。硫気孔の周囲に僅かに草本類の植生が見られます。
右:箱根大涌谷の遠景。硫気孔原から離れるにしたがって樹林の形成が見られます。
左:箱根大涌谷の近景・硫気孔の周囲に僅かに草本類の植生が見られます
右:箱根大涌谷の遠景・硫気孔原から離れるにしたがって樹林の形成が見られます

硫酸ができているような酸性の強い土壌は、酸性硫酸塩土壌(さんせいりゅうさんえんどじょう)と呼びますが、硫気孔原だけでなく、新第三系(およそ2500万年前から200万年前の時代)の堆積岩が地表の近くで風化した場所にもあります。また東南アジアでは、かつて内湾やラグーン(潟湖(せきこ))の堆積物が隆起して土壌となった場所にもあります。いずれも黄鉄鉱(おうてっこう)という鉱物が関係しているのですが、このような現象や事例については別の機会に紹介したいと思います。

■番外編1:鉛やカドミニウムなどの重金属濃度が高い環境

金山や銀山などの採掘跡地にある重金属を含んだ鉱石のカスを鉱滓(こうさい)と言いますが、鉱滓でできた土地に繁茂する植物がいます。鉱滓には鉛やカドミウムなどの重金属が高濃度に含まれるので、植物にとって非常に有害です。そのため一般には重金属が多く含まれる土地では、植物の成長が大きく妨げられるか、生息できません。しかし、そのような環境に好んで生えるヘビノネゴザ(蛇の寝御蓙)というシダ植物がいます。

ヘビノネゴザは日本各地に分布しており、別名、金草(かなくさ)と呼ばれています。古くから鉱山地帯で生育することが知られており、山師(やまし)が鉱脈を探す手掛かりにしていたそうです。また金沢城の石川門には鉛の薄い板を木に張り付けた鉛瓦というものを使っています。この鉛瓦の下の石垣にはヘビノネゴザが群生しています。

ヘビノネゴザの体内には、鉛の他にもいろいろな種類の重金属が蓄積していますが、ヘビノネゴザを集めて焼いた灰に金が蓄積していた例もあるそうです。

コケにも変わり者がいます。ホンモンジゴケという銅ゴケで、池上本門寺の五重塔で発見されたのでホンモンジです。神社仏閣では、装飾や屋根などに銅をよく使います。銅は酸化して緑青(ろくしょう)となり、銅で覆ったものの内部を腐食から守る効果がありますが、緑青は雨水に少しずつ溶けて地面に浸み込みます。そのような銅の濃度の高い場所にホンモンジゴケは生育しています。銅は植物の生育に悪影響を及ぼしますが、ホンモンジゴケは銅を無害化して体内に貯める能力があるそうです。

左:硫気孔原で生きるヤマタヌキラン
右:重金属が多いところでも生きるヘビノネゴザ
左:硫気孔原で生きるヤマタヌキラン
右:重金属が多いところでも生きるヘビノネゴザ

■番外編2:水がたまりやすい環境

水が流入するような窪地になっていて水を通さない土の層が下にあるような場所で、年降水量が蒸発量を上回る条件であれば泥炭地(でいたんち)ができます。泥炭(草炭(そうたん)とも呼ばれます)は湿地に生息する植物の枯れたものが徐々に積み重なってできたものです。

泥炭の位置が地下水面よりずっと低いところにある低位泥炭、泥炭の位置が徐々にあがってきた中間泥炭、泥炭面が地下水面よりずっと高くなった高位泥炭の順に発達します。

 低位泥炭は、挺水(ていすい)植物と呼ばれる茎や葉の一部が水中から出ているヨシやマコモなど、浮葉植物と呼ばれる葉が水に浮いているコウホネやヒツジグサなどが繁茂しています。中間泥炭は、ワタズゲ、ヌマガヤ、ヤチヤナギなどが繁茂しています。高位泥炭は、地下水からの水分供給が無くても雨水のみで生育できるミズゴケ、ツルコケモモなどが主役です。

 泥炭地は、材料が植物なので、密度が小さく、特に乾燥した場合は非常に小さくなります。ガーデニングで使う乾燥したミズゴケと同じです。したがって、排水などが起こると大きな地盤沈下を起こします。また強さもないため、すべり破壊を起こしやすく、フワフワして揺れやすい特徴があります。稀にですが、火災を起こすこともあります。

低位泥炭/中間泥炭/高位泥炭のイメージ図
左:低位泥炭   中:中間泥炭   右:高位泥炭

いろいろな場所に出かけて行くと様々な自然環境を目にします。当然、多くの種類の植物も目にしますが、植物の中には過酷な環境でも生きて行くしたたかな植物、誰もが嫌う環境でも悠々と生きる変わり者の植物がいるのは大変興味深いですね。また泥炭のように植物自らが地層を作り、大きく環境を変えていくこともあります。

 山登りでたどり着いた頂上や旅行で訪れた火山、温泉地、湿地など、ちょっと変わった環境に行った時には、ぐるりと回りを見渡して植物の変わり者を探してみては如何でしょうか。印象もまた一段と深まること間違いなしです。

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