技術資料
やわらかサイエンス
むきとゆうきで色いろいろ(前編)
「やわらかサイエンス EARTHから生まれるART 第9回(2003.08)」や「やわらかサイエンス 地球から産まれる鳥 第20回(2005.01)」では、綺麗な色をした岩石や鉱物、これらを原料にした顔料について興味深い紹介がありました。
今回は無機物である顔料(がんりょう)と有機物である膠(にかわ)で作る色鮮やかな絵の具の話です。顔料は大地を掘って集めたいろいろな色の岩石や鉱物を砕いて作ります。膠は大地の上で生きる動物の体の一部を加工して作ります。岩石から作った顔料を膠で溶いて使うものは岩絵の具(いわえのぐ)、土から作った顔料を使うものは泥絵の具(どろえのぐ)と言います。まさに無機と有機のコラボレーション、大地と生物の競演です。
では最初に膠についてもう少し詳しく紹介しましょう。膠は動物の皮や骨などを石灰水に漬けて不要なものを除去し、さらに煮て濃縮して固めて作ります。成分としては、皮や骨などに含まれるコラーゲンを原料にしたゼラチンです。コラーゲンは顔のシワ、ハリ、乾燥などを予防する美肌効果があるため、美の追求に余念のない女性に人気の成分です。高級食材のフカヒレや魚・肉料理のスープが冷えるとできる煮こごりも同じ成分です。キトキト、ニチャニチャとくっ付く成分なので、原始的な接着剤として古代エジプトをはじめ洋の東西を問わず、さまざまな地域で使われてきました。
膠は使う際に水でふやかして50℃くらいに温めると液状になります。これで顔料を溶くと絵の具になります。この絵の具を塗ると膠は冷えてゲル化し、徐々に水分の蒸発により乾燥して硬い状態となり彩色完了です。
それでは色別に岩絵の具をみて行きましょう。
■青色の岩絵の具
青色は岩群青(いわぐんじょう)と呼ばれています。岩群青は、藍銅鉱(らんどうこう、azurite、アズライト)を粉末にしたものです。藍銅鉱の「藍、らん」は、「あい」とも言い、青い藍染めの染料を作る植物や染料のことです。「青は藍より出でて藍より青し」の藍です。
藍銅鉱の主成分は炭酸水酸化銅(たんさんすいさんかどう、Cu3(CO3)2(OH)2)で、水に溶けませんが酸に弱い性質があります。日本には銅鉱山が多かったので、藍銅鉱は国内で産出しましたが、炭酸が抜けると次の緑色で紹介する孔雀石(くじゃくいし)に変わるため、藍銅鉱と孔雀石とが混じって産出することが多いそうです。
ところで、青色の鉱物と言えばラピスラズリ(瑠璃、るり)が有名ですが、日本では産出しないため、伝統的な岩絵の具ではありません。ラピスラズリを岩絵の具に使った絵画で最も有名なものが、フェルメールの「青いターバンの女(真珠の耳飾の少女)」です。
ラピスラズリの主な産地はアフガニスタンで、日本では古くは宝石として扱われていました。正倉院の御物にも使われているそうです。神秘的な美しい石、宝石として珍重されていたのでしょう。
■緑色の岩絵の具
緑色は岩緑青(いわろくしょう)と呼ばれています。岩緑青は、孔雀石(くじゃくいし、malachite、マラカイト)を粉末にしたもので、主成分は炭酸水酸化銅(Cu2CO3(OH)2)ですが、よく見ると藍銅鉱よりも炭酸基(CO3)が1つ少なくなっています。成分は銅製品にできるサビの緑青と同じです。神社の屋根が銅板で葺かれていますが、だんだんと金属光沢が無くなり、古くなると緑色になってくることを「緑青が吹く」と表現します。
孔雀石も色の美しさで珍重されましたが、クレオパトラがアイシャドーとして使っていた逸話が有名です。これは、ファッションを兼ねた虫よけ、悪霊除け、日差し除け(デイゲームのプロ野球選手の目の下の黒いやつです)説があるそうです。
ところで、鉱物の名前になっている「孔雀」は、皆さんご存知の動物園にいる綺麗な鳥ですが、羽根には青色の強い部分と緑色の強い部分があり、特に目玉のような模様が印象的です。目玉模様の内側を岩群青で、外側を岩緑青で書けそうですね。今度、動物園に行ったら孔雀の羽根の色をよく観察してみて下さい。
前編はここまでです。後編も宜しくお願いします。