技術資料

やわらかサイエンス

氷結の世界を覗く

担当:重廣道子
2003.11

日々冬の色が濃くなり、朝・晩の寒さがひとしお身にしみる季節になりました。 寒くなると活動度が鈍化しがちになり、冬眠に入る動物も出てきます。その一方で、極寒の南極で活発に活動している生物もいます。今回のやわらかサイエンスでは、そんな氷結の世界-南極を少しだけ覗いて見ましょう。

南極では液状の水が凍結し、固体の形で存在しているため、非常に乾燥しています。この寒く乾燥した厳しい環境から、南極は、地球上で「火星に最も近い場所」と呼ばれています。

雪や氷の中で生息する生き物、と言うと、どのような生物を思い浮かべますか?ペンギン、アザラシ・・・ 他にはどうでしょう?近年になり、氷河にも様々な小さな生物が生息することが明らかになり始めました。アラスカの氷河ではミミズ、藻が発見されています。南米パタゴニアの氷原には昆虫が、ヒマラヤの氷河にはミジンコ、そしてなんとまでもが生息していることが確認されています。蚊と言えば湿度も気温も高い夏に限って出没するもの、と決まりきったわけではないのですね。

水さえもが凍る世界の中で、生物はどのように生きているのでしょうか。そのメカニズムについては、現状ではほぼ未知ですが、低温で高い活性能力を示し新陳代謝を活発にする酵素を持っているのではないか、と考える説があります。

氷の上、氷中、そして氷の下にも生物は存在しています。南極大陸の氷河は、場所によっては厚さ4000m以上に達します。衛星写真と弾性波探査により、その厚い氷の下には湖の存在が確認されています。この湖は、氷河の下にありながら凍っていません。何故でしょうか?三つの仮説を紹介しましょう。

一つ目は、放射性物質の崩壊などによる地球自体からの発熱のため、湖が凍結していない、という説です。下からの地熱に加え、上からは氷が毛布のような役割をし、熱が逃げることを防いでいるのではないか、と考えられています。
二つ目は、5000年前に温暖期が終わってから現在に至るまで、湖が凍結するには充分な時間が経っておらず、そのため湖はまだ凍っていない、という説です。
三つ目の説は、上に載っている厚い氷からかかる高圧力のため、湖の水が液状のまま現在まで残っている、というものです。

氷河で覆われ、外界から隔離されてきた湖は、タイムカプセルのように、過去五十万年に渡る生態系の情報を包みこんでいると考えられています。このタイムカプセルへ向かって、氷の掘削が始まっています。掘削により、外界の空気・水・物質が湖の水に触れると、過去の記録が「汚染」されてしまい兼ねません。いかにしてタイムカプセルを破壊せずに取り出すのでしょうか?NASAでは、ごくごく小さな潜水艇を装備した探針で氷を溶かしながら湖へと掘削をし、湖に到達した時点でこの潜水艇を放ち、水中の生物を探査する、という計画を立てました(2000-2001年現在)。

氷と雪のカプセルに封じ込められた生物達は、過去の環境の復元に重要な情報を提供してくれると期待されます。過去を知る、ということは、未来の予測にも有益です。また、南極のような極限状態に生存する極めて小さな生物-微生物は、環境、医療その他様々な分野における新技術の開発に役立つこともあります。

例えば、洗剤には、汚れを分解する酵素が入っていますね。これには、アルカリ性の環境でも活発に活動する極限酵素の一種が利用されているのです。南極の微生物は、我々に何をもたらしてくれるのでしょうか?もちろん、南極の氷の世界から人間が生活する環境に微生物を運んでくる、ということにはリスクが伴います。

極限に生きる生物にとっては極限が快適な生活環境なのですから、そこから違う場所へ移される、ということで生物が死んでしまうこともあります。また、他の生物が入ってくることにより、既存の生物の生態系が破壊されかねません。

したがって、微生物の発見と利用には注意が必要です。いかにして、地球と人間へのリスクを回避しながら発見・開発を進めていくか、ということを考え、科学者は日々研究を重ねています。

氷・雪の世界にはまだまだ人間が知り得ない不思議が隠れているのかと思うとわくわくしますね。 ここではごく一部しか紹介が出来ませんでしたが、氷・雪の世界/南極に生きる微生物のことを更に詳しく知りたい方は、下記のリストにある文献、URLをご参照下さい。


参考資料
http://www.resa.net/nasa/antarctica.htm :Life in Extreme Environments: Antarctica
http://www.nikkei.co.jp/pub/science/page/honsi/9708/extremophiles.html
  :Michael T. Maddigan and Barry L. Marrs
  :極限微生物の隠れた能力, 日経サイエンス1997-8月号
幸島司郎:氷河生態系の生物たち,生物の科学 遺伝,vol. 57,no. 5,pp. 31-35
鈴木祥弘:氷河藻類(アイスアルジー)の生物学,生物の科学 遺伝,vol. 57,no. 5,pp. 36-39
長沼毅:地下生物圏の自然誌,生物の科学 遺伝,vol. 57,no. 5,pp. 40-45
※上記Webサイト等資料の最終参照日:2003年11月

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