技術資料

やわらかサイエンス

世界最長寿(?)の生き物の話―――Bristlecone Pine

担当:重廣道子
2003.07

いよいよ夏到来です。夏=野外調査の季節。学生時代に夏期休暇を利用して、野外研究をした経験を持つ方も多いことでしょう。また、これから野外で調査を始めようとしている方も少なくないことでしょう。

そこで、今回のやわらかサイエンスでは、私が野外調査をしていたある夏に巡り合った、地球上でも最も年老いた生き物の一つ、と考えられているイガゴヨウ(松の一種.英名Pinus aristata,Bristlecone Pine:ハマビシ科の常緑樹の方が長生きしている、という説もあるようですが・・・)と、その調査をしていたある学者の野外研究活動にまつわるお話を紹介しましょう。

時代は1950年代後半から1960年代前半にさかのぼります。場所は米国のカリフォルニア州北東部からネバダ州とユタ州の一部にかけての山岳地帯です。

1957年にカリフォルニア州のWhite Mountainsで、当時最も古いと推定された生存樹が発見されました。その年代は4,723歳と測定され、創世記に登場する長命者の名を取り、メトセラ(Methuselah)と名づけられました。

4,723歳と言えば、この樹がまだ小さな苗だった頃は、エジプトではピラミッドが建設され始めていた時期に相当するそうです。このメトセラの発見により、1950年代後半から1960年代の始めにかけて、カリフォルニア州、ネバダ州、ユタ州に連なる山岳地帯に植生する、長寿の松の調査が注目を集めました。

イガゴヨウは標高3,000m~3,350mのという厳しい環境の中に生息します。この標高は高木限界にあたり、風が蒸発作用を促進し、加えて降雨も大変少ないのです。
また、土は大変やせているアルカリ性の砂質土です。このような環境下で生き残ることが出来る植物はごくわずかです。一体どのようにイガゴヨウは生存しているのでしょうか。

実は、この風が強く乾燥した状態とイガゴヨウから出る樹脂は、虫や菌類がつくことを妨げ、樹木の腐食を防いでくれるのです。樹脂のコーティングは、樹木から必要な水分が蒸発することを防いでもくれます。また、乾燥した強風下では火災の発生が懸念されますが、イガゴヨウはある程度の間隔をおいて生息するため、たとえ林野火災が発生しても、火の広がりが妨げられるのです。また イガゴヨウは大きく成長しようとするよりも、生存することにエネルギーを費やす、と考えられています。

その幹は、年間1/4cm程度しか成長しませんし、高さも最高で10m前後にしかなりません。年をとった イガゴヨウの大部分は死んでいるように見えますが、ごくわずかな樹皮は生き伸びているのです。その根が完全に腐るか、あるいは侵食により掘り返されるまで、数世紀にわたって、生き続けるのです。

当時、この古い松の調査に興味を示した大学もありました。しかし、研究費用が不足していたため、調査を行えずにいました。また、この地域の樹林の保護を要請していましたが、それも通りませんでした。

そんな1964年のある日、ノースカロライナ大学の生徒が、ネバダ州とユタ州の州境の辺りに位置するSnake Rangeという山脈のWheeler Peakという峠にやってきました。その標高は3,981mに達しました。Wheeler Peakは、氷河と氷河の残した跡が刻まれているということで有名でした。

この生徒は、博士論文の研究のために、氷河時代の氷河の証拠となるものを探しているうちに、南西部のこの峠にたどり着いたのでした。生徒とその助手は、地域の氷河地形の年代を調査するために、峠の高木限界に植生する松の幹のコアサンプルを採取して年輪を数え、原位置で年代の測定を始めました。

その結果、ある1本の松の年齢は、4,000年以上であることがわかりました。この発見に胸を躍らせ、その松のコアサンプリングを続けていたある日、コア抜きをする機械が壊れてしまいました。
野外で調査が出来る季節は終わりに近づいていました。新しいコアサンプルの機械を取りに行き、標高3,900m以上の現地に戻りコアリングを再開するには労力と時間がかかりすぎてしまいます。コアリングをしないで、どうやって年輪を数えることが出来るでしょう?そこで生徒が下した判断は、米国林野部に、この松を切り倒す許諾を請う、ということでした。林野部はこの申請を許諾し、松の樹は切り倒されてしまいました。切り株の年輪を数えたところ、4,844歳である、と推定されました。

つまり、彼らは最長寿のイガゴヨウの生存を確認すると同時に殺してしまったのです。その後、年輪学者らの分析・鑑定を受け、結局この松は4,950歳であると推定されました。このニュースはやがて公となり、学者と林野部は大変な抗議と非難を浴びました。

様々な声があがりましたが、切り倒されてしまった樹をもとに戻すことは誰にも出来ません。世界最長寿(推定)のイガゴヨウは死んでしまいました。しかし、1本の松が切り倒されたことにより厳しい規制がひかれ、この地域の残りの松は保護を受けられるようになったのです。

この保護のおかげで、4,950歳より年老いた未確認の松がまだ生存している可能性もあるのではないでしょうか。また、この先数世紀にわたって年を重ね生き続ける松も少なくないことでしょう。

この話のように、研究者は、非常に難しい判断を迫られる場面に遭遇することがあります。そんな時、一体何を基準に判断を下すべきなのでしょうか?発見は一体どのような結果をもたらすのでしょうか。


参考資料
米国・国立公園局Webサイト
※上記Webサイト最終参照:2003年7月

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