技術資料

Feel&Think

第1回 なぜいまRock Mechanics?

担当:里 優
2017.01

今から40年ほど前、日本経済が高度成長から安定成長期へ向かおうとしている時代ですが、鉱山や土木の分野でRock Mechanicsが盛んに研究されるようになっていました。

鉱山の分野では、炭鉱などの坑道が地下1,000mに達し、山はねや盤膨れといった岩盤の異常な挙動が採掘の障害となっていました。土木の分野では、NATMと呼ばれるトンネル掘削工法が採用され始め、岩盤挙動の計測をもとに補強工の最適化を行うという、まったく新しい概念が導入されました。また、オイルショックの教訓から原油やLPGを岩盤内に貯蔵する計画が始まり、原子力発電の夜間余剰電力を活用した圧縮空気電力貯蔵や超電導電力貯蔵を、岩盤内に建設した大規模空洞で行う構想も検討されました。地下数100mより深い岩盤を対象とした、高レベル放射性廃棄物の地層処分の研究が始まったのもこの時代です。これらに伴い、岩盤の力学的性質に対する理解を深める必要があり、Rock Mechanicsが注目されたわけです。

現在は、当時ほどではありませんが、Rock Mechanicsが再び注目されています。

建設が始まったリニア中央新幹線では、品川〜名古屋間約286kmの約86%にあたる246kmがトンネルで、全長約25kmの南アルプストンネルも含まれています。このトンネルでは、土被りが1,000mを超える区間があり、大きな地圧に打ち勝つ施工が求められています。物理学の分野では、梶田教授のノーベル物理学賞受賞により、地下の大空洞スーパーカミオカンデが脚光を浴びましたが、この10倍の内容積を持つハイパーカミオカンデの建設が提案されています。また、全長約30kmの直線状のトンネルの中に加速器を設け、電子と陽電子の衝突実験を行うリニアコライダー計画も現実味を帯びてきました。高レベル放射性廃棄物の地層処分の研究も、福島第一の事故を受けてより迅速に進めることが望まれています。首都直下型が心配されている地震ですが、その発生メカニズムや前兆現象の研究などにおいても、岩盤の力学的挙動が議論されています。

このように、大きな地圧や長大・巨大な空洞の掘削などに対する岩盤のレスポンスを、Rock Mechanicsで蓄積された知識をもとに理解することが、いま求められています。

Rock Mechanicsの中核となる知識は、地下の硬い岩盤がなぜ容易に壊れるのか、にあると筆者は考えています。地下の岩盤内には圧縮応力が発生していますが、仮に岩盤内が均質な圧縮応力状態であれば、岩盤が簡単に壊れることはありません。実は、岩盤が巨視的には圧縮応力状態であっても、局所的に引張応力が発生し、これによって割れが発生したり、せん断変形が可能になったりして、巨視的な破断やせん断破壊へと向かいます。Rock Mechanicsには、このような局所引張応力と巨視的な岩盤挙動との関係を明らかにしてきた歴史があります。

本シリーズでは、この局所引張応力の発生やこれによる岩盤の破壊のメカニズムを、理論と実験を交えて紹介していきたいと思います。

実験には、図-1に示すような三軸圧縮試験装置を用いました(里優:岩石のダイラタンシーに関する基礎研究、学位論文、1994)。実験に供したのは、図-2に示した円柱状の小さな岩石で、それぞれ来待砂岩、三城目安山岩と呼ばれます。来待砂岩で直径50mm、長さ100mm、三城目安山岩で直径30mm、長さ60mmの大きさです。このような小さな岩石で、地下の岩盤や断層の挙動を再現できるのか、と疑問を持たれると思います。

シャーロックホームズシリーズで有名なアーサー・コナン・ドイルは、そのシリーズの一作である「緋のエチュード」で、ホームズに次のように言わせています。「論理的な思考をすれば、一滴の水からも大西洋やナイアガラの滝が存在しうることを推定できる」と。小さな岩石試料であっても、地下の岩盤を構成する一員です。精密な実験と論理的な思考で、小さな岩石の挙動から地下の岩盤のダイナミックな振舞いを一緒に想像してみましょう。

図-1 岩石の三軸圧縮試験装置
図-1 岩石の三軸圧縮試験装置
図-2 岩石試料(左:来待砂岩、右:三城目安山岩)
図-2 岩石試料(左:来待砂岩、右:三城目安山岩)
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