技術資料

Feel&Think

東日本大震災から学ぶこと

担当:里 優
2008.01

 最初に、この度の大震災によりお亡くなりになられた方々のご冥福をお祈り申し上げますとともに、被害を受けられた皆様に心よりお見舞い申し上げます。

 大震災より3か月余り経過したものの、復旧すらままならない状況を見聞きするたびに、今回の災害の大きさを痛感します。地震動や津波による直接的な被害は甚大この上なく、さらには、ライフラインやサプライチェーンの切断など社会、産業構造の破壊により、想像を超える2次的な被害が発生しました。

 日本に住む我々にとって、このような災害は今回限りではなく、何度でも起こり得ることです。どのようにすれば、被災し人命を失うことや社会構造が破壊し生活の糧が奪われることを防ぐことができるのでしょうか。

 Feel and thinkでは、東北関東大震災を貴重な経験として、この問いに対する答えを少しでも積み重ねる道を模索してみたいと思います。

 一つの視点として、日本の社会基盤整備について考えてみますと、これは自然災害との戦いの歴史であることは言うまでもありません。台風や豪雨、地震、火山噴火などがインフラに及ぼす影響を「予測」し、これによる社会的な損失と要する費用のバランスを考慮したうえで、ダムや防波堤、堤防の建設、斜面の補強、構造物の耐震化、液状化予防などの「対策」を行ってきました。

 今回の大震災では、津波の影響に関して「予測」が破綻しました。「予測」の前提となっている地殻変動の規模が、想定を上回りました。では、より正確な「予測」を行うために、災害を引き起こす地震や豪雨などの規模を、どこまで想定しておけばよいのでしょうか。

 この最大規模の想定は、二つの視点から困難なものです。一つは、発生確率を10年に一度と考えるか10万年に一度と考えるかで、最大規模の評価は大きく異なるためです。いま一つは、小規模な擁壁などの構造物まで、10万年確率の最大規模を想定し、設計や施工がなされるべきかといった問題です。最大規模の想定によっては、構造物に莫大な費用が必要となり、自然災害に対する「対策」ができなくなる、といった自己矛盾が生じます。

 耐震工学の分野では、この自己矛盾を解決する概念が用いられています。これは、想定より大きな地震動が構造物に加わった場合でも、構造物が損傷を受けても人命を損なわないようにする、といったものです。100年に一度来るか来ないかの地震でも全く損傷がない構造物を設計することは不経済であり、このような地震でも完全に崩壊するようなことがないように設計しておき、構造物を使う人の安全を確保するという概念です。

 さらに、最近では自然災害に対する事業継続計画(BCP)を策定しておく、という概念も導入されつつあります。これは、先の概念を一歩進め、想定外の自然災害に対して、人命を損なわないようにすると同時に、ライフラインなどを速やかに復旧させ、社会活動が継続できるようにしておく、というものです。

 すなわち、道路や鉄道、あるいはガス、水道などの損傷を推定し、損傷が人命や社会活動に及ぼす影響が大きく、かつ復旧に多くの時間を要する箇所に対して、優先的に対策を行おうとするものです。この概念では、「対策」を人命や社会活動に大きな影響を及ぼす箇所に限定することで、社会的な費用を抑え、先に述べた自己矛盾を回避します。

 この自然災害に対する事業継続計画の概念で興味深い点は、地震や豪雨の最大規模の想定をせずに「対策」の検討を行うことができることです。多少乱暴かもしれませんが、例えばすべての斜面は崩壊し、すべての堤防は決壊する、といった前提から検討を始めることができます。

 道路や河川の全延長に対してこの前提で被害想定を行い、ライフラインや人命にとって致命的となる箇所を特定します。道路であれば、復旧に何週間も必要となるような斜面崩壊や土石流が発生する場所です。現実に、基幹道路でこのような災害が発生すれば、社会活動が復旧するまでに多くの時間が必要となり、2次的な災害として救援活動の遅延や経済活動の停止が発生します。このような箇所については、最大規模の地震動や豪雨などにも損傷がない対策工を構築します。

 津波による災害を、事業継続計画の概念で検討すると次のようになります。一般的な防災計画の策定では、まず過去の事例や研究成果をもとに津波の最大高さを推定します。次に、最大高さ以上の防波堤を設置する、あるいは最大高さ以上の場所に重要施設を設置するなどの対策を講じ、津波による被災を防止します。事業継続計画の概念では、最初に津波が防波堤を超えることを想定します。次に、津波が防波堤を超えた際に発生する、事業継続に関して致命的な事象、例えば行政施設や病院の喪失、基幹となるライフラインの喪失などを見出します。最後に、これらについて最大規模の津波に対して致命的な損傷を受けないような対策を講じます。もちろん、復興のための保険や基金など、経済的な面での事業継続計画も検討されるべきです。これについても、早期の復旧が可能であれば、積立金の額を最小化することができます。

 このように、災害が発生した後の、災害が社会活動に及ぼす影響を最小化するという事業継続計画の概念は、防災を考えるうえで様々な示唆を与えてくれます。

 では、例えばすべての斜面は崩壊すると考えて、これが社会活動に及ぼす影響を評価し、対策が必要とされる箇所を洗い出すにはどうすればよいのでしょうか。これまで行われてきた防災点検や、危険斜面のスクリーニングとはどのように関連するのでしょうか。次回以降は、このような疑問について、様々な角度から議論していきたいと考えています。

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