技術資料

Feel&Think

第11回 地震の直前予測の試み

担当:里 優
2022.01

前回までに、地震を伴う地殻変動と地下水圧の変化は密接な関係にあることを示しました。このことは、大地震の前に、これの前兆現象として断層の小規模な滑りが発生した場合、この変形によって生ずる地下水圧(水位)を捉えることができれば、地震の直前予測に役立てることができます。産業技術総合研究所では、このような観点から地下水圧の精密な計測が行われています。(Well Web/地震に関連する地下水観測データベース)

筆者が興味をひかれたものは、地震の直前に地下水圧の低下が発生するとした、ショルツのモデルです。下図は、1974年に発行されたサイエンス(日本版)に掲載されたものです。地層中に断層などの弱部が存在し、プレート移動のようなテクトニックな力によって、この領域に圧縮の変形が生じた場合を考えます。この圧縮力によって断層の大規模な滑り変形が発生する前に、弱部にはクラックと呼ばれる小規模な空隙が生じます。この空隙は開口してゆくために水を吸い込みます。さらに変形が進むと、大規模な滑りが生じ地震発生となります。

ショルツの地震発生モデル(出典:サイエンス(日本版/1974年))
ショルツの地震発生モデル(出典:サイエンス(日本版/1974年))

この仮説が正しければ、地震の直前には、地震を発生させる断層付近で地下水圧が減少することから、井戸水位の低下が観測されることになります。そこで、筆者は下図に示すような装置を作り、この仮説を検証してみました。

三軸圧縮試験装置
三軸圧縮試験装置

この装置では、圧力容器内においた円柱形の岩石試料に対し、軸方向からは鋼棒を介してアクチュエータで力を加え軸応力(σ1)を発生させ、周方向からは油圧で拘束圧を加えて周方向応力(σ2=σ3)を発生させます。

最初に、軸応力と周方向応力を同じ値となるような初期等方状態を作り、岩石試料が地下に存在した状態を再現します。次に、テクトニックな変形の代わりに鋼棒で軸方向に変形を加えて行きます。このとき、油圧は一定に保つので岩石試料には偏差的な応力が発生します。これを軸差応力と呼びます。変形を加え続けると軸差応力が増加し、これに耐え切れず岩石試料は破断しますが、これを「地震を伴う断層の発生」と考えます。この破断の前に何が観測されるかを調べることが実験の目的です。

まずは、軸差応力に対する体積ひずみの変化を示します。なお、以降の実験結果のグラフでは、初期等方状態での値を0とし、軸差応力を増加させていったときの変化分を示すこととします。また、以降のグラフ中の凡例は、順に「岩石名」「拘束圧(MPa)」「間隙水圧(MPa)」「D(乾燥条件)、R(排水条件)、U(非排水条件)」を表しています。

軸差応力が増加していくと、軸方向の圧縮変形により体積ひずみが圧縮方向に増加していきます。しかし、岩石試料が破断に近づくにつれ体積ひずみは膨張に転じていきます。これは、岩石試料が巨視的に破断するに先立ち、微少な新しい空隙が発生していることを意味しています。

軸差応力と体積ひずみの関係
軸差応力と体積ひずみの関係

これは、次のような実験からも確認できます。次図は、水で飽和させた岩石試料を用い同様な実験を行った場合の、岩石試料からの水の出入り量の変化を示しています。軸差応力が増加していくと、岩石試料の圧縮変形により水が排出されてきますが、岩石試料が破断に近づくにつれ水が吸い込まれるようになります。岩石試料内に空隙が発生している証拠です。

軸差応力と排水量の関係
軸差応力と排水量の関係

同じく水で飽和させた岩石試料を用い、今度は岩石試料からの水の出入りを禁止し、軸差応力を増加させていった際の間隙水圧の変化を調べた結果が下図です。軸差応力が増加していくと、岩石試料の圧縮変形により間隙水圧が増加していきますが、その後は間隙水圧が減少していきます。岩石試料内に空隙が発生している証拠です。

軸差応力と間隙水圧の関係
軸差応力と間隙水圧の関係

これらの実験からは、岩石に偏差的な荷重を加えていくと徐々に空隙が発生し、間隙水圧が低下し水が吸い込まれることがわかります。このような現象が地震断層近辺の岩盤で発生すれば、ショルツが示したような地震発生へと結びつくと考えられます。この意味で、行った実験はショルツのモデルを支持したものでした。そして、最も重要な点は、地震発生直前にこのような現象が生ずれば、もし近くに井戸があれば水位の低下が観測され、地震の直前予測に寄与すると考えられることです。これを試すうえでも、できるだけ多くの井戸の水位をモニタリングしたいものです。

ページの先頭にもどる