技術資料

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有限差分法コードFLAC 第1回

担当:中川 光雄
2004.05

トンネル、斜面、基礎などの地盤構造物の安全性を検討するには数値解析がよく使われるようになっており、この中でも有限要素法はダントツです。地層科学研究所でも、おなじみの2D-σをはじめとした使い勝手のよいソフトを提供させて頂いております。有限要素法では、複雑な地盤形状、調査で得られた物性値、さらには、初期応力の異方性も入力条件として設定でき、今日では施工過程のシミュレートが一般的に行われるようになっています。

ところで、これまでの地盤構造物の設計は安全率に代表される強度が中心的な役割を果してきたことも起因してか、変形を十分に考慮していない場合が見受けられます。しかし、性能設計の時代を迎えた今日では、構造物を支える地盤の変形を的確に考慮して合理的に設計することが要求される傾向にあります。盛土の側方流動、山留めの倒壊、地震時液状化による河川堤防の崩壊などを例に取っても、供用中の地盤構造物が破壊して大きく変形してしまう状況に今までにも幾度となく遭遇しています。また、トンネル工事も都市部の浅い位置に計画されるとこが多くなると、トンネル自体の安全検討だけでなく人家などの地表物件の沈下や側方移動を含めた周辺環境に与える影響検討が重要となってきます。

解析技術の進歩に伴い、大変形理論を導入した連続体解析や個別要素法やDDAなどの不連続体解析により地盤の変形挙動がよりリアルに再現されるようになり、現場での適用が見受けられるようになってきました。

本シリーズではこのうち、地盤を連続体と見なして小さな荷重を受けた弾性状態(微小変形)から、大きな荷重による破壊状態(大変形)に至る過程を連続的に再現する有限差分法解析をご紹介していきます。さらには、崩壊挙動を再現した解析事例や実設計においてこのような解析法を適用する意義を考えてみます。

ここで言います有限差分法とは、1981年にP.A.Cundallが提案1)した地盤解析を目的として差分法にベースをおく離散化解析手法です。差分法とは言っても、等間隔の格子状に分割するといった今までの差分法のイメージとは異なり、三角形、四角形、四面体、五面体、六面体などの要素(図-1)によって解析モデルを作製しますので有限要素法と全く同じです。ですから、境界や地形も全く自由に作れます(図-1(a)(c))。この解析法の最大の強みは、弾塑性解析を例に取ると、掘削や載荷の結果として釣り合い状態が得られるか、そうでなければ、降伏後も変形が刻々と進行し累積して崩壊状態となるか、どちらかの結果が得られる点にあると言えます。このように、有限差分法では崩壊挙動の過程が安定的にシミュレートできますので、有限要素法などにみられる「発散」という状況は存在しません。

(a)2次元モデル(円筒断面)

(b)2次元モデル(NATMトンネル)

(c)3次元モデル(山岳地山)

(d)3次元モデル(トンネル1/2モデル)

図1 有限差分法の解析モデル例

一例をみましょう。あるダム貯水池の斜面が水位上昇による有効応力の低下によって徐々に崩壊に至った例2)です。よく用いられる円弧すべり解析では、斜面全体として1つの安全率が算出されます。このことは、斜面の崩壊はすべり土塊を剛体と考えてすべり面に沿って一挙に発生することを意味します。一方で、実際の斜面のすべり破壊の現象は、全てのすべり面上で一斉に破壊状態となるのではなく、ある箇所で発生した局所的な破壊が徐々に拡大し、ついには破壊箇所が全体に広がる「進行性破壊」の様相を呈します。この事例では、斜面は軟岩と崩積土から構成され、Mohr-Coulomb弾塑性体でモデル化しました。(図-2(a))をご覧下さい。法面の膨らみ出しや斜面内部でせん断帯が局所的に発生して進展していく過程がメッシュの歪みで表現されているのがお分かりかと思います。これと対比するかたちで最大せん断ひずみが集中的に発生している箇所(図-2(b))をご覧下さい。進展ステージ3以降でみられます最大せん断ひずみが集中している箇所は、(図-2(a))でメッシュが大きく歪んでいる箇所と一致していることがお分かりかと思います。最後に、破壊がどのように進行したのかをみていきます。まず局所的なせん断帯が斜面法尻より発生し、それが法面にほぼ平行して法肩方向へ進展し、やがて法面上部の地表に到達しています。進行性破壊である斜面のすべり破壊メカニズムが有限差分法解析によりうまく再現されていることが分かります。

水位上昇によるダム貯水池斜面の地すべり崩壊(進行性破壊) 

図-2 水位上昇によるダム貯水池斜面の地すべり崩壊 進展ステージ1
図-2 水位上昇によるダム貯水池斜面の地すべり崩壊 進展ステージ2
図-2 水位上昇によるダム貯水池斜面の地すべり崩壊 進展ステージ3
図-2 水位上昇によるダム貯水池斜面の地すべり崩壊 進展ステージ4

(a)変形の発生・進展過程

(b)最大せん断ひずみの集中箇所の発生・進展過程

図-2 水位上昇によるダム貯水池斜面の地すべり崩壊

次回からは、有限差分法であれば「なぜこのような破壊までの地盤の挙動をうまく再現することができるのか」さらには、有限差分法解析の「実現場への役立ち方」を各種の適用例とあわせてみていきたいと思います。


参考資料
1) Cundall, P., and M. Board. (1988) “A Microcomputer Program for Modeling Large-Strain Plasticity  Problems,” in Numerical Methods in Geomechanics. Proceedings of the 6th International
Conference, Innsbruck, Austria, April 1988, pp. 2101-2108, G. Swoboda, Ed. Rotterdam: Balkema,1988.
2) 中川光雄・蒋 宇静:地盤構造物の進行的破壊挙動のシミュレーション, 第46回地盤工学シンポジウム,2001.

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