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第10回 地層科学分野でのAI活用事例(トンネル編)

担当:岩永 昇二
2024.04

前回の「地層科学分野でのAI活用事例(水位編)」では、AIの活用事例として水位計測について歴史的な背景を踏まえて説明しました。
今回は、「トンネル」に関するAIについて様々な側面から紹介していきます。

概要

工事現場イメージ画像(AIにて作図)

現在、建設業界は深刻な人手不足に直面しており、その主な原因として労働力の減少、低い給与水準、そして長時間労働が挙げられます。これらの問題は業界全体の持続可能性に重大な影響を与えており、特に若年層の業界離れを加速させています。労働力の減少は少子高齢化が進む中でさらに加速されることが予測され、給与の低さと厳しい労働条件はこの傾向を強化しています。

国の働き方改革の推進により、長時間労働の問題に一定の解決が見込まれていますが、これが逆に労働力不足を悪化させる可能性もあります。例えば、労働時間の短縮が進むことで、プロジェクトごとの人手が不足する状況が生じるかもしれません。このような状況は、プロジェクトの遅延を引き起こし、結果的に全体のコスト増加につながる恐れがあります。

この複雑な問題を解決し、建設プロジェクトの効率性、安全性、コスト管理、および品質を向上させるためには、最新の技術の導入が不可欠です。特にデジタルツイン技術とAIの活用は、これらの課題に対する有効な解決策を提供することができます。デジタルツインは、物理的な建設プロジェクトのデジタルレプリカを作成し、シミュレーションを通じて最適な建設計画とリスク管理を実現します。一方、AI技術は、作業の自動化、効率化を促進し、労働力不足の影響を緩和するために役立ちます。

さらに、これらの技術を統合した建設DX(デジタルトランスフォーメーション)は、情報の透明性を高め、ステークホルダー間のコミュニケーションを改善します。建設DXによるプロセスのデジタル化は、プロジェクトの各段階でのデータ共有を促進し、適時かつ正確な意思決定を支援します。これにより、プロジェクトの予算オーバーランやスケジュールの遅延を防ぎながら、全体の生産性を向上させることが可能です。

建設業界のデジタル化革命

■デジタルツインの進化と応用

デジタルツイン技術は、物理的な建設プロジェクトを完全にデジタル化し、そのデータを利用してプロジェクトのあらゆる側面をシミュレート、分析するためのツールとなります。

シミュレーションと最適化
建設前にデジタルツイン技術を使用してシミュレーションを行うことで、設計の誤りを事前に発見し、修正することが可能です。これにより、実際の建設が始まる前に最適な設計にすることができます。

ライフサイクル管理
建物やインフラのライフサイクル全体を通じて、デジタルツインを更新し続けることで、メンテナンスやアップグレードの計画が容易になります。これにより、長期的な運用コストの削減と効率的な資産管理が実現できます。

■AIと機械学習の統合

AI技術は、データ駆動型の意思決定支援において中心的な役割を果たしています。

予測保守
AIを用いて設備や構造物の状態を常時監視し、故障や問題が発生する前に予測し、必要なメンテナンスを行うことができます。

資源配分とスケジューリング
AIはプロジェクトの要求に基づいてリソースを動的に配分し、スケジュールを最適化することで、無駄な時間とコストを削減することができます。

■IoTデバイスの活用

IoTデバイスの広範な展開は、建設現場の監視とデータ収集に革命をもたらしています。

リアルタイムモニタリング
IoTセンサーは、建設材料、機械、そして労働者の状態をリアルタイムで監視し、データを収集します。これにより、安全違反や潜在的な危険を早期に検出し、即座に対応することが可能になります。

環境監視
環境への影響を監視し、持続可能な建設方法を確保するために役立ちます。例えば、排出ガスの監視や、騒音レベルの測定などが行えます。

コミュニケーションと協働の強化

デジタルツールの利用は、プロジェクト関係者間のコミュニケーションと協働を大きく改善します。

共有プラットフォーム
BIM(ビルディングインフォメーションモデリング)や共有ダッシュボードを通じて、プロジェクトに関わるすべてのステークスホルダがリアルタイムで情報を共有し、協働できます。

遠隔作業とモバイルアクセス
クラウドベースのツールを用いて、フィールドワーカーとオフィススタッフ間の情報のギャップを解消し、遠隔地からのプロジェクト管理を実現します。

このように、建設業界におけるこれらの革新的な技術の積極的な採用は、人手不足という慢性的な課題に対処するとともに、業界の未来を形作る重要なステップとなるでしょう。デジタルツイン、AI、および建設DXの進展により、より効率的で安全かつ高品質な建設プロジェクトの実現が期待されます。

トンネル建設の切羽評価革新

現在のトンネル建設現場では、切羽の観察と評価が熟練技術者による目視判断に依存しています。この方法は経験に基づくため、判断に個人差が生じやすく、重要な安全評価を見落とすリスクが伴います。これは特に、切羽前方の地質予測、支保パターンの選定、落石や地山の崩落対策など、トンネルの安全性に直接関連する重要な判断を要する場面で問題となります。

これを解決するためには、定量的で客観的な判断基準を設け、技術者の個人差に依存しない評価システムの導入が求められます。具体的には、先進的なセンシング技術、AIによる画像解析、地質データのリアルタイム処理を組み合わせることで、切羽の安定性を網羅的かつ精密に評価する手法が考えられます。

トンネル工事における切羽の安全管理と効率化は、技術の革新とともに進化しています。特に、AI技術の導入により、これらの課題に対する新しい解決策が提案されています。そこで、これまで各学会で発表された文献や各社のプレスリリースより、「切羽」、「学習」というキーワードで検索された情報に絞って体系的にまとめていきます。

■キーワード抽出

入力データ(説明変数)

入力データ(説明変数)例

採用される入力データは、上図で示されている通り、写真、穿孔探査、物理探査、切羽という主要なカテゴリに分類されており、それぞれが数値データや画像データとして利用されています。写真を入力データにする場合、その撮影環境及び、撮影方法8)によっては結果に大きく影響があることが指摘されています。また、通常のRGBカメラは、3色しかバンド数がないため、十分な情報をえることができません。そこで、マルチスペクトルカメラ9)やハイパースペクトルカメラ(10),11),12))を利用して、より多くの情報を得る試みがなされています。また、それらの写真から従来の画像処理技術の利用により定量的なデータを作成する方法13)もあります。これまでに作成されたいくつかの学習モデルは、人の経験、直感、観察に基づく主観的な評価である定性的なデータによって構築されているため、評価者ごとに異なるモデルが存在することになります。これにより不確実性が高まり、そこで作成されたAIモデルはさらなる性能向上は期待できないことになります。そのため、定性的なデータではなく定量的なデータを採用したAIモデルの開発が、引き続き推進されることが予想されます。

学習モデル

学習モデル例

採用されている学習モデルは、主に教師あり学習に基づいており、これらはテキストデータと画像データを用いたものに分けられています。また、これらのモデルを組み合わせたアンサンブル学習を行っている例も一部存在します。

いくつかの学習モデルは、前回までの章で説明したCNNや基本的な機械学習のモデルが採用されています。ここでは、新しく出現した2つのキーワードであるアンサンブル学習と、AIではありませんが、GA:遺伝的アルゴリズムについてご説明します。

  • アンサンブル学習(1),2),3))
    • 機械学習の手法の一つで、分類問題、回帰問題の両方に適用可能です。この手法は、複数のモデル(通常は弱学習機と呼ばれる比較的単純なモデル)を組み合わせることで、単一モデルよりも優れた予測性能を実現します。
    • 複数の予測モデルを組み合わせて一つの最終的な出力を得る手法です。これにより、個々のモデルの予測に含まれるバイアスやバリアンスを減少させ、全体としての予測精度を向上させることが可能です。
    • 主なアンサンブル手法には、バギング(Bootstrap Aggregating)、ブースティング、スタッキングがあります。
  • GA:遺伝的アルゴリズム(4),5),6),7))
    • 機械学習の一分野ではなく、広義の計算アルゴリズムまたは最適化技術として分類されます。しかし、その特性から機械学習モデルのパラメータ調整や特定の問題解決手法として機械学習プロジェクトにおいて活用されることがあります。
    • 生物学的進化のプロセスを模倣した探索アルゴリズムで、解候補の集団(個体群)を生成し、選択、交叉(クロスオーバー)、突然変異といった遺伝的操作を通じてそれらを進化させることにより、問題の最適解を求める方法です。
    • 工学、経済、ロボティクス、スケジューリング問題、ネットワーク設計など、多岐にわたる分野での複雑な最適化問題に利用されています。その能力を機械学習の分野に応用することで、より効果的なモデルや解決策の開発が期待されます。

出力データ(目的変数)

出力データ(目的変数)例

出力データの大部分は切羽評価点に関連し、これらは主に分類データとして処理されます。加えて、具体的な数値を予測するための回帰モデルも一部使用されています。例えば、天端ひずみの推定にはサポートベクター回帰、アンサンブル回帰、ガウス過程回帰が採用されています15)。他にも、穿孔エネルギーの推定モデルがあり、その入力データとして切羽の写真が用いられています。

さらに、剥離の有無を出力として扱う特殊なケース(16),17))もあり、動画を使用して落石の監視システムを開発している例18)も報告されています。

全体を通して

適切な学習モデルの選択は、目指す出力データによって大きく異なります。モデルを選定する際、利用可能な入力データの質と量が非常に重要です。利用可能なデータがモデルの要求に適合していない場合、入力データを適切に調整することが必要になるため、このプロセスは特に注意を要します。

例えば、ニューラルネットワークなどの複雑な学習モデルを使用する場合、転移学習を採用することで初期の学習コストを効率的に抑えることが可能です。転移学習では、既にある程度学習が進んだモデルを基にして、新しいデータに対する追加の学習を行います。これにより、学習に必要な時間とリソースの節約につながるだけでなく、小さなデータセットでも高い性能を発揮することができます。

さらに、モデルの性能を最適化するためには、ハイパーパラメータの精密な調整が必要です。ハイパーパラメータは、学習率やバッチサイズなど、モデルの訓練過程における重要な設定値を含みます。これらのパラメータを適切に調整することで、モデルはより精確にデータを学習し、予測精度を高めることが可能になります。この調整プロセスには多くの試行錯誤が伴うため、効率的な方法を見つけることが、プロジェクトの成功に直結します。

また、画像データを用いたAI学習モデルでは、しばしばその判定プロセスが「ブラックボックス」と見なされることがあります。これは、AIがどのようにして特定の判断に至ったかが外部からは理解しにくいという問題を指します。このため、特定の状況での使用が難しい場合も存在します。しかし、Grad-CAMという技術を使用することで、この問題をある程度解決することができます。Grad-CAMは、入力された画像のどの部分が予測結果に最も大きく寄与したかを示すヒートマップを生成します。これにより、AIの各予測に対する視覚的な説明が可能となり、モデルの判断根拠が明確になります。

ここで紹介した多くの研究は特定の現場から収集されたデータに基づいて行われているため、その現場特有の条件でのAIの性能は一定程度保証されています。しかし、異なる地質環境などの条件を持つ他の現場で同様の性能を発揮することは困難です。このため、広範囲にわたって適用可能な汎用的なAIモデルの開発は難しいとされています。しかし、各企業が収集したデータを公開し、自由にアクセスできるようになれば、教師データの増加にも貢献することができ、さらに競争を通じて各モデルの性能向上が図られる可能性があります。

第11回は、生成AIについて紹介していきます。


参考資料
1)山岳トンネルの地山評価における深層学習とアンサンブル学習の適用,人工知能学会,第34回全国大会,セッションID:205-GS-13-02,2020
2)深層学習・アンサンブル学習を用いた切羽評価システムの実証実験,建設機械施工Vol.72 no.12 December 2020
3)Multi-source data driven method for assessing the rock mass quality of a NATM tunnel face via hybrid ensemble learning models,International Journal of Rock Mechanics and Mining Sciences Volume 147, November 2021, 104914
4)遺伝的プログラミングを用いた穿孔データに基づく地山評価手法の開発,トンネル工学報告集,第26巻,I-35,2016,11.
5)Optimization of Process Control Parameters for Fully Mechanized Mining Face Based on ANN and GA(ANNとGAに基づく完全機械化採掘切羽のためのプロセス制御パラメータの最適化),Hindawi Computational Intelligence and Neuroscience Volume 2021, Article ID 5557831, 11 pages
6)トンネル切羽安定度予測システム「TFS-learning」を開発 - AI(人工知能)が発破孔の穿孔データから切羽安定度を自動予測 - 新着情報|安藤ハザマ
7)切羽前方探査データの分析に基づく地山判定に関する研究,長崎大学,阪口修
8)山岳トンネルにおける機械学習用切羽写真について-現状の写真と撮影環境および撮影方法の提案,第75回土木学会年次学術講演会講演概要集,CS15-22,2020年
9)マルチスペクトルカメラ、AIを利活用した施工現場地質状況自動評価システムの構築,設機械施工 Vol.70 No.11 November 2018
10)ハイパースペクトルデータを用いた岩種分類法を現場適用のための光源によるスペクトル変化の補正手法の検討,第75回土木学会年次学術講演会講演概要集,III-227,2020年
11)ハイパースペクトルカメラを用いたスメクタイト含有地山の評価法に関する研究,大成建設技術センター報,2022,No.55,31
12)先進ボーリングのカッティングスを利用したハイパースペクトルカメラによる切羽前方の岩種判定技術(その1),第75回土木学会年次学術講演会講演概要集,III-54,2020年
13)切羽のデジタルデータを活用した機械学習による支保パターン選定に関する検討,岩盤力学に関するシンポジウム講演集(Web),No.39,2022.
14)機械学習の適用による切羽前方地山の地山等級および掘削時のひずみ予測,トンネル工学報告集,第28巻,I-29,2018.11.
15)トンネル切羽画像を用いたオンライン学習に基づく穿孔エネルギー推定,土木学会論文集F3(土木情報学),2021年77巻1号,p.22-30
16)CNN によるトンネル切羽の剥落危険度評価,人工知能学会全国大会論文集,第33回,4Q3-J-13-01,2019年
17)マルチモーダル深層学習による切羽剥落の予測,人工知能学会全国大会論文集,第33回,4Q2-J-13-04,2019年
18)画像解析技術を用いたトンネル切羽の落石監視システムの開発,土木学会論文集F3(土木情報学),2021年77巻1号,p.I_77-I_88
※上記コラム内のWebサイトの最終参照日は2024年4月

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