
クロかシロか,グレーかミドリか? ―ダムの役割とは?―
2009年9月のことです。「八ツ場ダム」というダムの名前を知らない人はいないくらい,群馬県のこのダムは有名になりました。前原国土交通大臣が,八ツ場ダム(群馬県)と川辺川ダム(熊本県)の建設中止の方針を明らかにしたことに因り,ダムに関する議論が熱を帯びました。それから約1年が経過し,建設中止発表直後と比較すると,2つのダムも含めたダムに関する報道が少なくなったのではないでしょうか?
過熱気味であった報道が沈静化した現在,ダム建設の中止が表明された後も,代替地の整備や,ダムの両岸を結ぶ橋の建設が進んでいるようです1)。
ダムは必要なのか必要ではないのか?議論が紛糾する中思うのは,何故,ダムを造ることになったか?という経緯です。ダムを造るに当たっては,そこに何らかの課題・問題があり,それを解決する手段としてダムを造ると判断しているはずです。そこで,ここでは,ダムを造る目的=ダムの役割について考えてみたいと思います。
先ずは,ウォームアップから。「ダム」という言葉の由来について調べてみましょう。
「ダム」という言葉の語源を探って行くと,オランダに辿り着きます2)。
オランダには,アムステルダム(首都),ロッテルダム,スキーダムなど,「ダム」とつく都市があります。そして,アムステル川,ロッテ川という川もあります。これらの川の河口に堰堤を造って水をせきとめたことで,人が集まり土地が開拓され,それがそのまま都市の名前(例えば,アムステル川の堤防)になったということです。ダムというと,巨大なコンクリートの堰堤を想像しがちですが,ここでは,水をせきとめるための堤防を指しているようです。日本では,ダムは,河川法3)により,基礎地盤から堰堤までの高さが15m以上のものがダムとして定義されています。
では,オランダでは,何故ダムを造る必要があったのでしょう? それは,海水の浸入を防いだり,河川の水量を調整するためです。オランダの国土の1/4は,海水面下に位置し,泥炭質の湿原が広がります4)。そのため,海水の浸入を防いだり,湿地の水を排水し農地を開拓するために,堰堤を造っていました5)。


水辺の都市-アムステルダム 海水面とほぼ同じ高さに延びる道路


オランダの干拓地(マルケン)
オランダでは,ダムは,そもそも河川の水位調整や,陸地への海水浸入防止のために用いられていたようですが,日本では,ダムは何を目的に造られているのでしょうか?
河川ダムの役割としては,大きく
- 治水(流量調整)
- 利水(灌漑,上水道,発電,レクリエーションを含む)
の二つ6)があげられます。 それでは,それぞれの役割を見ていきましょう。
治水
川の上流に水を溜め,河川の流量を調整し,豪雨時には河川の氾濫を防ぎます。
日本列島は,隆起のある地形と限られた陸地面積のため,地表水,地下水が比較的速い速度で流出してしまいます(参考:やわらかサイエンス14回「海の水は何故塩辛い?-水のサイクルを考える」)。この地形的条件に加え,6月~7月にかけて梅雨が,秋には台風の通り道となり,洪水の災害が多発します。そこで,豪雨時に河川が氾濫しないよう,ダムに水を溜めて河川流量を調整します。
利水
河川の水量は季節によって変化します。しかし,通年,水の需要はあるため,水を安定して供給できるようにダムに水を溜めておき,農業,工業,家庭等で利用できるようにします。
ダムの水は,発電にも利用されます。ダムに溜めた水を下方に落とし,その水の勢いを利用してタービンを回し発電をする方法は,水力発電と呼ばれます。水力発電では,出力を調整することができ,CO2を排出しないエネルギーとして,近年注目されています7)。
また,水辺は,人々に憩いの場を提供します。ダム建設の付加価値のようなものですが,近年は,地域振興,地元活性化の手段として,重視されているようです8),9)。
この二つを目的としたダムの他には,治山(ちさん)を目的としたダムがあります。文字の通り,森林を保全するためにダムを造り,土砂の流出を防ぎます。このダムには,水の代わりに,土砂を溜めます。台風や豪雨に襲われると,地面が削れ,木も倒れてしまいます。土砂が流れ出してしまうと,斜面の勾配がきつくなり,さらなる土砂の流出を引き起こします。そこで,洪水時にはダムに土砂を溜め,土砂の流出量をコントロールし山崩れを防ぎます10)。また,洪水時に土砂災害を防ぐための堰堤である砂防ダムや11),強酸性河川水を中和することを目的としたダムもあります12)。

ダムにはこれらの役割がありますが,ダム建設のために森林を伐採したり,本来の河川・土砂の流れ,流出量を人工的に変えてしまうため,環境,生態系が破壊されるといった問題がつきまといます。また,ダムを取り巻く環境問題がクローズアップされがちですが,ダム自体にも好ましくない現象が起きます。
ダムには水を貯めておくため,水の循環が起こりにくく,水温が高くなったり,富栄養化(様々な栄養分が流れ込んで溜まる)などが起こり,アオコ(藻)が大量発生することがあります。また,ダムには水だけではなく土砂も溜まります。土砂がダム底に溜まり過ぎると,貯水に弊害が出ます。そこで,土砂を排出する作業(しゅんせつ)が必要となります。一方で,ダムに溜まった土砂は,本来は下流に排出され,川を流れる途中で堆積し,遠くは海岸まで流出すべきものです。つまり,土砂の流れが上流で滞ってしまうということは,河床,海岸線がやせることにつながります。
これらの問題に加え,ダム建設のために住民が立ち退きを強いられる,あるいは,膨大な国家予算(税金)が投じられるといった問題が,ダム建設の目的(役割)と衝突します。
ダムは,治水・利水という目的をもって造られています。そのダムを造らないとするならば,目的を達するための代替手段が必要となります。その手段の一つとしてあげられているのが,森林です。森林は,緑のダムとも呼ばれ,保水や斜面防災の機能を持ちます(参考:やわらかサイエンス40回:病は木から・・・-森林と地球環境の切り離せない関係-)。森林を整備し,森林にダムの役割を担ってもらうという考えです。
一方で,森林があるにも関わらず洪水が起きた,これ以上森林を増やす土地が無いなど,森林だけでは治水機能が十分ではないという意見もあります13)。
森林を整備して,「できるだけダムに頼らない治水」14)をすすめるという前原国土交通大臣の政策と,森林にダムの全ての機能を代替させることは非現実的だという報告が,同じ国土交通省河川局のサイトに紹介されていることは,何となく皮肉に感じます。
「できるだけ」。曖昧な言葉ではありますが,これがキーではないでしょうか。議論が熱を帯びてくると,本来の目的を見失いがちになり,全てを黒か白のどちらかに分類しなくてはいけないような錯覚に陥りがちです。そこで,今回のやわらかサイエンスでは,ダム建設の目的(ダムの役割)を振り返ってみました。
結果としては,ダムを造るか,造らないかという何れかになります。しかし,スタート地点では,何れの選択肢も存在しているはずです。全ての選択肢を視野に入れ,目的,問題,効果を勘案する。そして,複合要素のバランスをとっていく・・・。「できるだけ」には,そういう意味が込められているのではないでしょうか。

※1 群馬県HP:八ッ場ダムの事業概要・進捗状況
※2 利根川ダム統合管理事務所:ダムとは?
※3 河川法:第2章(河川の管理)-第3節(河川の使用及び河川に関する規制)
-第3款(ダムに関する特則)の第44条第1項
※4 外務省:わかる!国際情勢
※5 社団法人 建設コンサルタンツ協会:キンデルダイクの干拓と風車
※6 国土交通省:ダムの効果
※7 経済産業省 資源エネルギー庁:水力のページ
※8 佐藤寿延:「ダムとダム湖は超一流の観光資源である!-ダム+水陸両用バスによる観光
活性化実験」,土木学会誌,vol.93
※9 ダム水資源環境整備センター,ダム湖百選
※10 北海道森林官理局:治山ダムの機能と効果
※11 国土交通省:砂防の役割と対策
※12 国土交通省:ダムに関する主な課題
※13 国土交通省:緑のダム
※14 ケンプラッツ:前原大臣就任会見(2)「ダムに頼らない河川整備を」