
"Eat" between the lines !?
「行間を読む」。辞書には、「文字面に現われていない著者の真意などを汲み取る」などと書かれています。KYならぬGY(行間読めない)などという言葉も出てきているように、大人子供問わず読書の不足によって、読解力、想像力、表現力等の低下が危惧されています。本を読むことを勧める啓蒙書でも唱われているように、一見遠回りのようですが、多読濫読が「行間を読む」力を養うには近道のようですね。読書の秋です。一つの分野に偏ることなく、さまざまなジャンルの本を読んで、バランスの良い刺激を脳に与えましょう。

読書の秋は、食欲の秋でもあります。
豊かな実りを美味しくいただける季節ですが、多読濫読とは異なり、暴飲暴食はいけません。まして子供への食育の重要性が叫ばれる昨今、大人が率先してバランスの良い食生活を実践していきたいものです。
具体的にどんな食品を組み合わせて食べれば良いのでしょうか?心強い指標が二つあります。(※1)
一つは、50数年来の歴史ある指標で、女子栄養大学の香川綾氏によって提唱された四群点数法です。栄養的に似たものを四群に分け、食品構成を点数で表すことでバランスの良い献立を作成することができます。もう一つは、平成17年に厚生労働省と農林水産省によって策定された、食事バランスガイドです。主菜・副菜といった食事の中での位置づけをもとに食品群を分類し、食生活全体がコマの回転に喩えられて分かりやすく表現されています。私の食生活は大丈夫、という自負のある方も、これらを参考に点検してみるのも良いでしょう。

では、草ばかり食べている牛などの草食動物は「偏食」で不健康なのでは?
彼らは、胃の中に多様な微生物の群集を「飼って」います。それらの微生物が植物を分解してくれて、栄養分を吸収しやすい形にします。さらには、植物の摂取だけでは不足してしまうビタミン類を微生物が生成することもありますし、その微生物自体も牛にとってのタンパク源となるのです。(※2)
実は私たちヒトの腸内でも同じように微生物が活躍していますし、さらにヒトは「美味しく食べて健康になる」ことにも微生物を利用しています。みそ、しょうゆ、ぬか漬け、納豆、日本酒、ワイン、キムチなどなど、発酵食品は消化吸収が良くなるばかりか、味も機能性も格段に向上するのです。(※3)
加えて、調理によって起こるメイラード反応により、多種多様な物質が生成され、美味しそうな味・匂いが生み出されます。(※4)
私たちは、先人たちの試行錯誤によって見いだされた、素材と調味料の組み合わせにより、コクや旨味を増す術を知っています。多様な食品成分の相互作用が栄養価を高めていることは想像に難くありません。(※5)
食品の成分表は、指標として重要です。(※1) しかしながら、記載されていない成分や、未知の栄養素、多様な食品の複合的な作用については、まだまだ研究の途上にあるものも多いのです。成分表の表示通りのサプリメントを組み合わせても、もとの食品には到底成り得ないように、食品成分の「行間」にこそ、旨さの秘密、健康への近道があるように思います。

ところで、私たちの体の中にも、DNAレベルで、味わい深い重要な「行間」が存在することが分かってきています。
DNAは遺伝情報の格納庫です。その情報がRNAに読み取られ(転写)、タンパク質が合成されます(翻訳)。われわれヒトを含めた真核生物では、この転写から翻訳される間に、もう一つ「スプライシング」と呼ばれる反応が起こります。p>
下の図は、転写からタンパク質合成までの一連の流れをイメージ化したものです。

ヒトであれば約30億塩基対を有するDNAの情報すべてが利用されてタンパク質が作られるかというと、そうではありません。DNAの塩基配列には、タンパク質まで翻訳されない領域が含まれており、「イントロン」と呼ばれています。伝令RNAに転写された後、イントロンは「スプライシング」によって取り除かれてしまいます。
イントロンという「使われない情報」が存在し、わざわざスプライシングという過程を経るのは、一見すると非効率的に思えます。
しかし、たとえばDNAにおいて一定の頻度で突然変異が生じると仮定すると、イントロンが存在することによって、翻訳される重要な部分「エクソン」が変異してしまう確率を下げると考えられます。さらには、イントロンによってエクソンが分断されることによって、スプライシングの際にエクソンの組み合わせ数を増やすことができるため、ひとつの遺伝子から多様なタンパク質を作ることができるのです。そういったことから、イントロンは少ない遺伝子数でも複雑な生命のメカニズムを格納することを可能にし、生物の進化に大いに関係していると考えられています。(※6)
さらに近年、そのイントロンが単なる「使われない情報」ではない、ということが分かってきました。(※7)
RNAには、伝令RNAの他にも、リボソームRNA、転移RNAなど、様々な機能を有するものが存在します。その中で、細胞の核小体に低分子のRNA(small nucleolar RNA : snoRNA)が存在することが、古くから知られていました。このsnoRNAは、他のRNAが正常な機能を発現するために「修飾」を施すという、重要な役割を果たしているのですが・・・。
なんとこのsnoRNAは、スプライシングで切り取られてしまうはずのイントロンの中にコードされていることが分かったのです!これまでに知られているだけで、ヒトで160個を超えるsnoRNAが見つかっています。
しかもこのsnoRNA、ただ者ではありません。テロメラーゼRNAとしての働きや、選択的スプライシングへの関与、いくつかの疾患との関連も示唆されています。
なぜイントロンにsnoRNAがコードされているのか?進化の過程でいつごろイントロンに挿入されたのか?RNA全体の機能や存在の意味などを含め、生物学にとって重要な現象の謎が今後明らかにされていくことでしょう。

秋と言えば、芸術の秋も忘れてはいけません。
芸術的な生命のメカニズムも感動的ですが、映画鑑賞で名作の感動にひたるのも良いでしょう。
先日のポール・ニューマンの訃報に触れ、映画「スティング」をまた観たくなりました。俳優たちのセリフや演技に垣間みられる物語の結末への伏線。まさに「行間」に読み応えのある映画は味わい深いものです。
彼は、Newman's Ownというオーガニック食材ブランドを立ち上げ、農作物のフェアトレードを実践していたことでも知られています。(※8)
かたや日本はどうでしょうか?過大なフードマイレージを要する食材が低自給率の我々の食卓に並べられ、外国の自然を破壊し、労働を搾取している事実を知らず(※9)、一方で大量の食べ残しを出した上に、ダイエットに関連したTV番組の影響でバナナが店頭から消える騒ぎ。生産者から食卓までの「行間」が全く読めず、都合の良いところだけを残して、他は「スプライシング」で取り除いてしまっているのでしょう。そういった切り捨てられている情報には、目を向けるべき現実があることを私たちは忘れてはなりません。「行間を読む」力は、「現実を見る」力そのものであると言えるでしょう。
※1 香川芳子監修,『五訂増補食品成分表2008』,女子栄養大学出版部,2007
※2 小野寺良次監修,板橋久雄編,『新ルーメンの世界 -微生物生態と代謝制御-』,農山漁村文化協会,2004
※3 小泉武夫/黒田征太郎,『-FT革命- 発酵技術が人類を救う』,東洋経済新報社、2002
※4 やわらかサイエンス2005年5月号
※5 伏木亨,『コクと旨味の秘密』,新潮社,2005
※6 理化学研究所http://www.jst.go.jp/pr/announce/20070723/index.html
※7 河合剛太,金井昭夫編集,『機能性Non-coding RNA』,クバプロ,2006
※8 http://www.newmansown.com/
※9 神門善久,『日本の食と農 -危機の本質-』,NTT出版,2006