
心もゆらぐ春の日に ・・・
寒かった冬を乗り越え、ようやく3月、「弥生」の到来です。本州では新緑がまぶしい季節ですが、当地北海道はまだまだ雪景色。こちらも5月になれば、本州の3月くらいの陽気になり、春の草花が咲き始めることでしょう。
弥生といえば、日本三大寮歌の一つである北海道大学寮歌「都ぞ弥生」にも、そんな北海道のうららかな春の風景が唄われています。
・・・ 牧場の若草陽炎燃えて 森には桂の新緑萠し
雲行く雲雀に延齢草の 真白の花影さゆらぎて立つ ・・・
(「都ぞ弥生」 第四番)(※1)

北海道大学の校章にも使われているエンレイソウが、凛とした立ち姿もさることながら、春の爽やかな微風に撫でられ、心地良く「さゆらいで」いる情景が目に浮かんできます。
霞むより 心もゆらぐ春の日に
野辺の雲雀も 雲に鳴くなり
(武田晴信朝臣百首和歌)(※2)
戦国武将の武田信玄も、この歌を詠んだことから察するに、春霞がかかる穏やかな日には心ゆらいでまどろんでいたのかも知れませんね。
「揺らぎ」とは「時間的あるいは空間的な一定状態からの変化」のことをいいます。(※3) 先ほどのエンレイソウも、風の強弱によって、時に小刻みに、時に大きく花影を揺らし、一定状態の「立ち姿」から脱して「変化」している、そのように説明することができるかも知れません。
この「揺らぎ」がキーワードとなる成果で2006年にノーベル賞物理学賞を受賞した研究をご存じでしょうか?米航空宇宙局(NASA)ゴダード宇宙飛行センターのジョン・マザー博士と、米カリフォルニア大のジョージ・スムート教授の研究で、それは宇宙の成り立ちの謎にせまる壮大な成果でした。(※4)
宇宙に揺らぎ?? いったいどういう事なのでしょう。
その内容に触れる前に、まず宇宙の構造について見ていきましょう。
かつて地球は宇宙の中心にあり、太陽も含めてすべての星々が地球の周りを回っていると考えられてきました。他にもさまざまな宇宙観によって、宇宙の構造や成り立ちが語られてきました。そして20世紀以降に我々が手にした「科学の目」によって、天井の暗幕に均一に星が散りばめられていたはずの宇宙が、実は立体的で巨大な階層構造を有していることが分かってきたのです。 その階層レベルを、順を追って見てみましょう。
- 私たちが今立っている地球は、火星や木星などとともに「太陽系」を構成しています。
- そして「太陽系」は2000億個の恒星を有する「銀河系」に属しています。
- 「銀河系」はお隣のアンドロメダ銀河など30個程度の銀河とともに「局所銀河群」を構成しています。
- さらにこの局所銀河群は近傍の「おとめ座銀河団」(2,000個の銀河を含む)などとともに、「超銀河団」を構成しています。
地球から太陽までの距離は約1億5000万km。光の速さでおよそ8分19秒かかります。 では超銀河団の大きさはどれくらいでしょうか?
超銀河団の大きさはなんと3億光年に及ぶことも!! われわれの銀河系が一回転するのに2億5000万年かかるのですが、光の速さで飛ぶ宇宙船でさえ、超銀河団の端から端まで移動するためにはそれ以上の年月がかかるという巨大な構造なのです。
ただし超銀河団同士、その境界は曖昧で、隣の超銀河団と連続的につながり、蜂の巣のような構造を作っています。一方、蜂の巣の穴の部分は「空洞(ボイド)」と呼ばれ、ここは1億光年以上にわたって銀河があまり存在していません。つまり、これまで一様であると考えられてきた宇宙空間には、「密」と「疎」の領域が存在することが分かってきたのです。(※5)

ビッグバン以来膨張し続ける広大な宇宙に、なぜこのような大構造が誕生したのでしょうか?実はここに「揺らぎ」が深く関わってきます。
ビッグバンの直後、つまり初期の宇宙はプラズマ状態だったことに加えて、高エネルギーの光(放射)で満ちていました。その光は、宇宙の膨張の影響を受けながら、今のこの瞬間にも宇宙のあらゆる方向から飛んできています(※6)。
絶対温度2.73度のマイクロ波として観測されるその光は、「宇宙背景放射」といいます。宇宙全体がこの宇宙背景放射の海に浸されているようなものですね。
この宇宙背景放射ですが、先のジョン・マザー博士らが1992年NASAの宇宙背景放射探査機COBEを用いた観測によって、観測する方向で放射の温度に違いがあることを発見しました。これが「温度揺らぎ」です。この温度揺らぎ、わずか10万分の1度程度の揺らぎだったのです。さらに2003年にも、宇宙背景放射探査衛星WMAPによって詳細に温度揺らぎが観測されました。(※7)
この「温度揺らぎ」が宇宙の大構造形成の謎を解く鍵となったのです。
あらゆる物質がその温度に応じた電磁波を放射しています。つまり「温度揺らぎ」は「放射の揺らぎ」であり、また電磁波を放射している物質の密度による「密度揺らぎ」と言い換えることができます。
プラズマ状態であった初期の宇宙では、その放射は非常に高温でしたが、現在に至るまでの間に放射は引き伸ばされて宇宙背景放射となり、絶対温度2.73度となっているのです。そこに温度揺らぎがあったということは、かつて宇宙の初期に、密度揺らぎがあったことを意味しているのです。
宇宙の初期に物質の密度にわずかでも濃淡、つまり「密度揺らぎ」が生じたとすると、密度の高いところは周囲よりも重力が強まり、ますます収縮していきます。それが星の素を作り、結果的に宇宙の構造を作ってきたのです。
宇宙の大構造は、宇宙の初期に生じた「物質の濃淡」によって作られたと言えるでしょう。

ところで、みなさんは金平糖の作り方をご存じでしょうか?
氷砂糖を煮詰めて蜜を作り、金平糖の核となるもの(ケシ粒など)を入れます。回転鍋を回しながら核に熱い蜜をかけ、1~2週間かけて突起を成長させていくのだそうです。(※8) そしてこの金平糖の突起ですが、偶然鉄板に触れた部分の蜜が周辺よりも高くなり、他の場所よりも成長する割合が高くなる、その結果凹凸のある形が出来上がるということです。
つまり金平糖の突起は、核を包む蜜の厚みの「揺らぎ」によってもたらされた構造、と言っても良いでしょう。今から80年も前にこのことに言及した人がいました。作家であり物理学者でもあった寺田寅彦です。(※9)
彼は自らの想像力をもって、金平糖の突起のでき方に、生命発祥の物理学的解明の一端をも垣間見ました。80年の時を経た今、「揺らぎ」が宇宙誕生の姿を垣間見せてくれたのです。(※10)
宇宙の大構造はまさに金平糖そのものですね。広大な宇宙空間に、ほんのわずかな揺らぎによって密度差が生じ、それが宇宙の巨大な構造の源となったのですから。

かつてメキシコでマヤ文明が栄えていたことは、みなさんもご存じのことだと思います。写真はユカタン半島で世界遺産にも登録されているチチェンイツァの大ピラミッドです。頂上へ上がるための四面ある階段は、一面あたり91段で合計364段、頂上部の1段を加えて365段あります。つまりちょうど一年間の日数を表していると言われています。また、ピラミッドの四辺が東西南北から微妙に角度がずれて調整されており、春分の日と秋分の日だけにククルカンという神の姿がピラミッドに現れるのです。マヤ文明の多くはすぐれた建築技術に加え、そうした天文観測にも秀でた文明でした。
彼らはセノーテと呼ばれる泉の周辺に居を構え、天水を利用した農耕を発達させました。天体の運行を知ることは、農耕文化には必要なことだったのです。
人類が誕生して以降、豊富な水と食物が手に入るところにムラが生まれ、クニとなり、文明が栄えました。現代においても同じことが言えるでしょう。鉄道や道路などのインフラストラクチャや、天然資源、観光資源の存在が、地域社会の発達の「きっかけ」となります。それらは金平糖で言えば突起の「きっかけ」であり、金平糖作りの「回転鍋」のように政治・経済・文化が回転していくごとに社会の厚みが増していくのです。金平糖は宇宙の成り立ちに始まり、この太陽系の地球という星に生まれたヒトの営みをも、その小さな体で具現しているように思えてなりません。
海で生まれたとされる生命が、数億年前に陸上に飛び出しました。いつしか人類は新たな繁栄の地を求めて大陸を旅し、さらに、新たな大陸を目指して大海原にこぎ出しました。そして現代の我々は、陸から空へ飛び立ち、今まさに宇宙に向けて地球を飛び出していこうとしています。フロンティアを目指して新たな次元へ歩を進める生命の営みは、積極的な内から外へのプロセスである一方で、実は、生命や星を育んできた「故郷」への回帰なのかも知れません。
・・・ さやめく甍(いらか)に久遠(くおん)の光
おごそかに 北極星を仰ぐかな ・・・
(「都ぞ弥生」 第二番)(※1)
宇宙にわずかに残った背景放射は、まさに時空を超えて現代に到達した久遠の光です。 星空の奇麗な夜、地面に大の字になって寝そべってみてください。ここからはみなさんの「妄想力」が大事です。まるで宇宙空間を漂っているような錯覚を感じませんか?さあ、あなたも背景放射の心地よいシャワーを浴びながら、春の夜風に瞬いて揺れる星空に身を委ねてみては?
※1 http://keiteki.org/ryouka/ryouka-top.html
※2 http://hanatatibana.cocolog-nifty.com/hibizakkan/2005/09/post_7fb4.html
※3 Q&A:入門複雑系の科学 木下栄蔵、亀井栄治 現代数学社,2007
※4 http://nobelprize.org/nobel_prizes/physics/laureates/2006/
※5 http://cosmos.phys.sci.ehime-u.ac.jp/~tani/Cosmos/PressRelease/project.html
※6 図解雑学 宇宙137億年の謎 二間瀬敏史 ナツメ社,2003,p221
※7 http://www.astroarts.co.jp/news/2006/01/06universe-origin_nao174/index-j.shtml
※8 http://www.konpeito.co.jp/syouhin.html
※9 科学と科学者の話-寺田寅彦エッセイ集- 池内了編 岩波書店2000,p283
※10 http://www.torahiko.net/Members/tkikuchi/kasiwa/kasiwa53-suzuki