やわらかサイエンス

ちかい未来にちかで起こる? -地下空間とエネルギーの利用について考える-

第50回担当:重廣道子(2008.01)

新年、年明け、日の出!と光に包まれる中、どうして地下なんて暗い空間の話なの?・・・と思われた方。地下は、日の光を浴びることのない世界ですが、俄然注目を浴びている空間なのです。そう、最近話題のデパ地下は、地下空間利用の一例です。地下街、地下道、地下鉄、共同溝、変電所、調整池、燃料備蓄槽・・・地下に設けられた美術館もあります1)。近年の活発な地下開発を受け、地下利用に関する情報を紹介する展示会も開催されています2)ちかって意外にみぢか?でも・・・。地下という空間について、私たちはどれだけのことを知っているでしょうか?地下に、なぜ、いつ、どのようにして、どのような構造物が造られ、そして、これから造られようとしているのでしょうか?今回のやわらかサイエンスでは、「地下空間とエネルギーの利用の関係」について考えてみましょう。


東京都の地下鉄路線図を見ると、路線がまるで網目のように縦横無尽に走っています。地図からは、視覚的に平面的にしか捕らえることができません。しかし、実際に、地下鉄の駅に続く眩暈がするほど長い階段を上り下りする時、その地下深部への広がりを感じ取ることができます。中には、地表から50m下に位置する路線もあるのです3)。地面の下に長い穴を掘っても崩れてこないなんて、地層がよっぽど頑強なのでしょうか?それとも、地盤が崩れないような上手な掘り方があるのでしょうか?地下を流れているはずの水が噴出してきたりしないのでしょうか?一体どうやってこんな空間や構造物をつくりだしているのでしょうか?


地下に構造物を建設する前には、そこに空洞を掘っても岩盤が崩れてこないか、地下水が噴出してこないか等々、地表から様々な調査を実施します。
例えば、人工的に地震を起こし、地層に当たって跳ね返ってくる地震波を測定することで、異なる地層の境界や断層を探し出したりします。あるいは、電気を流し、その電位を解析することで、地盤の固い、やわらかい(地盤中の空隙率)を推定します。このようにして調査を行い、岩石が脆弱、あるいは地下水が噴出してくる可能性があれば、空洞を掘る場所を変える、あるいは、どうしてもその場所を掘る必要がある場合は、掘削する方法、水を止める方法・技術を駆使し、掘削を実施します。


shigeと仲間達、地下を探査するの図

様々な調査、解析・シミュレーション、評価をした結果が、地下に広がる空間に建設された構造物だということですね。なるほど・・・。でも!どうしてわざわざ地下なのでしょうか?日本の平野の面積は限られていますから、地下空間を有効に利用する必要があるのかも知れませんが、理由はそれだけでしょうか?


地下という空間の特徴を考えてみましょう。


  1. 人の生活への影響が少ない3)
    人は、通常地表で生活をしますから、地下という空間は、人間の生活空間から隔離されています。したがって、地下での活動から生じる騒音、臭気、粉塵など、いわゆる公害と呼ばれる要素が人に与える影響が少なくなります。
  2. 気密性が高く、通年にわたり気温・湿度が安定している(火山などの地熱帯は例外)3)
    地下には、日光が直接届かないため、昼夜における気温・湿度の変動がほとんどなく、通年にわたり安定しています。
  3. 気候変動、自然現象の影響を受けにくい3)
    地下では、津波、雷、台風など、地表で発生する自然現象の影響を受けにくくなります。また、一般に、地震の揺れは、地下深くになるほど小さくなる傾向があります。大深度地下空間における揺れは、地上の数分の一以下と言われています。
  4. 人為的災害の影響をうけにくい3)
    地下での活動が人の生活に与える影響が少ないように、事故、戦争やテロといった地表で起こる災害が地下空間に与える影響が限られます。

こういった特性を活かし、地下は、デリケートかつ大切なものの保管庫として利用されることがあります。例えば、ノルウェーでは、地下に貯蔵室を建設し、自然災害などに備えて数百万種の植物の種子を保管するという「北極種子保存庫プロジェクト」に着手しています2)、4)


地下の貯蔵庫としての利用といえば・・・近頃気になっているCMがあります。
もぐらが出てきて地面を掘り進み、「知ってほしい、 今、地層処分」というメッセージが流れるCMです5)。一般的な販売促進の広告とは異なり、原子力発電で生じる放射性廃棄物を地下に埋める、ということに関するお知らせです。知ってほしいと言われても・・・???ばかりです。


まず、放射性廃棄物とはなんでしょうか?


原子力発電所では、その名とのとおり、自然界に存在する放射性核種であるウランを利用してエネルギーを生産します。発電に利用した後の燃料には、核分裂しなかったウランと、人工的に造られた長期にわたり高い放射能を保持するプルトニウムが残ります6)。そこで、この使用済み燃料を処理し、再び発電に利用できるウランやプルトニウムを取り出します。ウランやプルトニウムを取り出した後に残った放射性の廃液をガラスと一緒に固化し、ステンレス製容器の中でゆっくりと冷却固化したものが、高レベル放射性廃棄物(法定では特定放射性廃棄物)です5)


放射性廃棄物をガラスに混ぜて固形化させるのは、液体のままでは流れて取り扱いにくいため、そして、ガラスは、様々な物質をその結晶構造中に取り込み、一度取り込んだ物質が外に溶出しにくく、外からの腐食を受けにくいという安定した特長を持っているためです5)
放射性廃棄物のガラス固化体は、30~50年間、冷却のために保管されます。使用済み燃料の多くはまだ再処理されていません。しかし、2006年12月末までに生じた使用済み燃料を全て再処理すると、約20,400本のガラス固化体になると試算されています。既に再処理が済んでいる放射性廃棄物のガラス固化体のうち、1310本は青森県の六ヶ所村に、241本は、茨城県東海村に保管されています(2007年3月末現在5))。


現在は、このように、固化したものを地上で貯蔵・管理しています。しかし、人工的に処理された廃棄物がもつ放射能レベルは、自然界に存在するウラン鉱石などが発している放射能より高く、長期にわたり持続しますので、人間の生活環境から隔離する必要があります。前述のとおり、地下は、地震、津波、台風による自然現象、人災の影響をほとんど受けることがありません。さらに、地下深部にはほとんど酸素が存在しないため、鉄がさびるといったような、処分場建設のために用いられる材料の腐食が抑えられます。そこで、放射性廃棄物を地下に処分しようという考えが生まれました。


放射性廃棄物をどうするかなんて・・・できれば考えたくないものです。しかし、です。私たちが消費する電気の1/3は原子力発電に依存しています5)、7)。商業的な原子力発電は、日本では1966年に開始され、現在では16箇所に原子力発電所が存在しているのです7)


どうして、危険な廃棄物が出るような方法で発電しなければならないのでしょう。
それは、原子力発電には、石油や天然ガスなどを燃料とする火力発電とは異なるメリットがあるからです。


  1. 燃料の安定した確保6)
    石油や天然ガスは、世界の限られた地域に腑存しています。そして、その産出国の政情の影響が価格に表れます。一方で、ウランは、比較的政情が安定した国に分布しており、価格の変動が前者ほど大きくありません。
  2. 効率的な燃料の利用6)
    同じ電力を発電しようとした場合、原子力発電に必要な燃料の量は、石油と比較するとはるかに少量です。そして、原子力発電所では、一度燃料を入れると、一年程度は燃料を取り替えずに運転ができるそうです。また、発電に使われる燃料は、再利用が可能です。
  3. 地球温暖化の一因と考えられている二酸化炭素を排出しない6)
    石炭、石油、天然ガスなど、火力発電の燃料となる化石燃料を燃やすと、二酸化炭素を排出します。しかし、ウランやプルトニウムを燃料とした発電の過程では、二酸化炭素が放出されません。

しかしながら、こうしたメリットだけではなく、原子力発電には、デメリットもあります。
原子力発電の燃料となるウランは、ウランを含む鉱石を採掘して取り出します。ですから、鉱山の開発により環境が破壊されるということになります。ウラン鉱石を採掘した後、放射能を含む残土が雨風に曝された場合、周辺環境の放射能汚染を引き起こすこともあります8)。そして、原子力発電の後には、放射性廃棄物が残ります。メリットを重視し、原子力発電を継続した結果、放射性廃棄物が山積みになっています。ガラス固化体は、2020年頃には4万本に達し、この処分費用は3兆円になるという試算が出ています5)


3兆円!一体誰が払うというのでしょう??
私たちの支払う電気料金には、既に処分費用が含まれているということをご存知ですか??電気の約1/3は原子力発電により供給されていますから、原子力発電の便益を享受している者=電気の消費者には、処分費用の負担を分配する責任が生じます。負担はどれくらいなのでしょうか?一ヶ月に7,000円の電気料金を支払っている場合、この電気料金に占める処分費用の負担額は20円だということです5)


放射性廃棄物を地下に処分するなんて、その費用を分配するなんて、一体誰が決めたのでしょうか?
原子力発電が始まる前から、原子力発電により生じる放射性廃棄物に関する検討は行われていました。2000年には、国会で、特定放射性廃棄物は地層処分するという方針が決まり、処分に関する法律が制定されました。この法律に基づき、国、実施機関、原子力発電を行う電力会社が役割分担を決め、高レベル放射性廃棄物の処分、処分費用の確保と管理・運用を行っています。現在は、廃棄物の処分候補地を募集中であり、地下に廃棄物を埋める技術研究が行われています9)。そして、2030年代から2040年半ばまでには、処分施設の操業を開始するという計画が立てられています5)


適切だと考えられる場所に、最適な方法で放射性廃棄物が処分されたとしても、埋めてしまえばおしまいということではありません。埋められた放射性廃棄物の放射能のレベルが、自然界に存在するウラン鉱石と同程度に減衰するまでには、1万年程度の歳月がかかります。放射性廃棄物を埋めた場所を間違って掘り起こすことがないように、また、何らかの自然あるいは人為的要因により、埋めた廃棄物から、人体に影響を及ぼすような高レベルの放射能が漏洩していないか、監視をし続けることが必要になります。


なんということでしょう・・・。私たちは、便利な生活と引き換えに、大きな重い荷物を背負ってしまったようです。これは、日本だけが直面している問題ではなく、アメリカ、ドイツ、フランス、スイス、フィンランド、スウェーデンといった国々でも、放射性廃棄物の処分に関する課題の研究に取り組んでいます。


日本国内で行われている地層処分の計画・研究に関する情報は、公開されています。これらの情報の中には、「なるほど!」と思うこと、「なんだ、そうだったのか」、と思うことがあるかもしれません。「そんなの納得できない、やめてくれ!」ということがあるかも知れません。原子力発電によるエネルギーを享受し、処分費用を負担しているのですから、一体どのように放射性廃棄物が処分されるのか、公開されている情報に目を向け、耳を傾けてみませんか?


事実として、放射性廃棄物が存在し、行き場所を探しています。私たちは、これらの既に存在する放射性廃棄物を放っておくことはできません。


地球の内側に居るshigeと仲間達の図

人間の生活空間から隔離されているとは言え、地下だって、私たち、そして様々な生命体が生きる地球であることには違いありません。
私たちの生活は、何でもより速く、より簡単に、よりアクセスしやすく、という方向に向かっています。しかし、そのために、放射性廃棄物を抱え込むとなると・・・。便利な生活のためには放射性廃棄物と生きていくことも仕方がないのか。それとも、今まで追求してきた便利さについて見直し、少し我慢をするべきか・・・。危険な廃棄物が残らず、かつ環境への負荷が少ないエネルギーの生産方法、できるだけエネルギーを節約する生活方法の創出に取り組むべきか・・・。今、私たちは、考えなくてはいけないようです。