
『愛』が不足しています
クリスマスも近づき,愛にあふれる季節がやってきました。ホワイトイルミネーションも始まった札幌の大通公園は,恋人達で賑わっていることでしょう。家庭では,サンタさんの今年のプレゼントは何だろうと,親と子供達との間で駆け引きが始まります。冬は寒いからこそ,ヒトの温もりを強く感じられるのでしょうね。

しかしこの時期,みなさんの「愛」が少し足りなくなってしまうことがあります。それは「献血」です。人工の血液はまだ作ることができません。輸血が必要な患者にとっては,献血は命綱なのです。献血が愛のリレーと呼ばれる所以です。献血事業はドナーの自由意志に基づいた善意によって成り立っています。そのため,外出を控えたくなるような悪天候の日には,ドナーの数も少なくなってしまうのです。季節的にみると,冬に献血による血液供給量が少なくなることは,統計からも明らかです(※1)。
ならば,献血者の多い時期に採った血液をストックしておき,冬に備えれば良いではないかと思われるかも知れません。しかし輸血用の血液は「なまもの」です。献血によって集められた血液は低温条件下でも21日間しか保存できません(※2)。つまり医療の現場では,通年でまんべんなく献血をしてもらい,一定量の血液のストックを確保することが求められているのです。そういった意味でも,血液を定期的に供給してくれる献血の「リピーター」が増えることは,安全な血液の安定的な確保にとって望ましいことと言えるでしょう(※3)。
各都道府県の主要都市にある赤十字血液センターをはじめ,献血ルーム,移動献血車などで献血をすることができます。「A型が不足!」「B型が足りません」といった立て看板を目にしたことがあると思います。みなさんがよくご存じのように,血液型はA,O,B,ABの4種類です。そもそも血液型とは何なのでしょうか?

図1 血液型を決める糖鎖のイメージ
血液型は,赤血球の表面に存在する糖鎖(糖がいくつかつながったもの)の種類によって決定づけられます。A抗原の付いた糖鎖があるのがA型,B抗原の付いた糖鎖があるのがB型,両方を持つのがAB型,両方持たない(A・B両抗原部分がない)のがO型です。この糖鎖の違いにより,ヒトの性格に少なからず影響を与えると考えられ,性格診断や相性占いなども身近な話題として盛り上がるネタの一つですよね(※4)。一方で,当たるも八卦当たらぬも八卦の血液型占いとは異なり,血液型が決定的な重要性を持つ時があります。それが「輸血」です。

図2 輸血が可能な血液型の組み合わせ
輸血する場合は,基本的にA型ならA型同士,B型ならB型同士のように,同じ血液型で行われます。B型の血液をA型に輸血することはできません。なぜならA型の血液はB型の血液に対する「抗体」を持っているからです。A型の血液にとって,自分と異なるB型の血液が体に「侵入」してくると,その赤血球の持つ糖鎖を「異物」と認識し,抗体が攻撃してしまう「抗原抗体反応」が起こってしまうのです。緊急の措置として,O型の血液を他の3型のヒトに輸血できるのは,O型が攻撃対象となる糖鎖を持っていないからなのです。
逆にO型のヒトに,他の3型を輸血することはできません。O型はO型のみで輸血をまかなわなければならないのです。このため,O型の輸血が大量に必要な場合,供給不足が重大な問題となります。そのため,A型,B型,AB型の血液をO型に輸血できるような技術開発が長年にわたって行われてきました。
そしてついに,2007年4月,コペンハーゲン大学のHenrik Clausen博士らによって,画期的な発見がなされました(※5)。数千種類にも及ぶ微生物を調べた結果,A型およびB型のそれぞれの糖鎖を切る酵素が見つかったのです。この発見により,A型,B型,AB型のいずれをもO型に換えることが可能となり,O型血液の供給不足の解消に道が開けてきました。乳酸菌や納豆菌のように,大きさ数ミクロンの微生物のパワーが我々の生活に大きく寄与する好例となることでしょう。ただし,この技術が活きるのも,みなさんの献血による血液の供給があってこそです。みなさんの「無償の愛」が必要なのです。
補足ですが,これは自分の血液型を換えるものではありません。輸血用に採取した血液に酵素処理を施すことで,糖鎖を除去し,血液型を換えるのです。彼(彼女)との血液型の相性が悪いからと言って,自分の思い通りに型を換えることには使えませんので誤解なきよう・・・。
ところで,好奇心旺盛なやわらかサイエンス読者のみなさんなら,ある一つの疑問が沸々と湧いてきていることでしょう。体に異物が侵入し,それに対応して体内で抗体が作られることは,やわらかサイエンスNo.43(2007年2月)で述べました。インフルエンザワクチンによる予防接種は,不活性化した病原ウィルスを一度体内に注入することで,体にウィルスの構造を覚えさせ,本当の侵入の際に素早く抗体生産が行われるメカニズムを利用しています。つまり,「抗体を持っている」ということは,「過去に少なくとも一度は該当する異物の侵入を経験している」ことを意味します。たとえば,A型のヒトは,B型の血液に対する抗体を持っています。でもすべてのA型のヒトが,過去に手術等でB型の血液を輸血したとは到底考えられません。B型の赤血球が体に侵入していないのに,なぜB型に対する抗体を持つに至ったのでしょうか?
一つの説として,ここでも微生物が関わっているのではないかと考えられています(※6)。そもそも糖鎖による「血液型」の分類は,実は血液に限ったことではありません。髪の毛,筋肉組織,爪や骨など,すべての細胞表面の糖鎖に当てはまり,たまたま血液中の赤血球で発見されたために「血液」型として認知されたのです(※4)。つまり血液型がA型のヒトは,体の全部の細胞がA型,ということになるのです。

そして,環境中に存在する数多の微生物も,その細胞の表面に糖鎖を持っています。つまりヒトは生まれた瞬間に,無数の糖鎖の海に投げ出されることになるのです。ヒトの免疫系は,自分のものではない糖鎖を認識し,自分を守る防衛線として働き始めますが,当然のことながら環境中のすべての異物に対して防衛線を張らなければなりません。中には,細胞表面にA型やB型に類似した糖鎖,あるいは全く同じ構造の糖鎖を持つ微生物も存在するかも知れません。それらと接触することで,他の血液型にも反応するような抗体を生産し,輸血時には異物として反応するようになる,というのがこの説の理屈です。
つまり,A型だからB型に対する抗体を持つ,という発想ではなく,A型のヒトにとっては,B型糖鎖や病原菌糖鎖のいずれも,環境中に存在する「自分ではないもの」として抗体を作っているに過ぎないのです。
上記の説はまだ仮説の域を出ませんし,なぜヒトは4つの型しか持たないのか,そもそも糖鎖はどんな役割を果たしているのか,など,謎は尽きません(※7)。謎の解明には,今後の研究が進展するのを待ちましょう。

奇しくも,赤十字の旗と同じ色の服を着ているサンタクロース。彼らは「無償の愛」を子供達に与える存在です。日本ではとてつもなく「いい人」になったサンタクロースですが,本来は,むやみやたらにプレゼントを配るだけの存在ではなかったようです。サンタクロースのモデルである聖ニコラスは,クリスマス前にまずお供を連れて子供達のもとに訪れました。そのお供とは真っ赤なお鼻の可愛らしいトナカイのことではありません。国・地方によって様々ですが,醜いヒゲを生やし,黒く汚い格好で,手には鞭や杖,さらには鎖や鐘などをガチャガチャとならすという恐ろしい風貌でした(※8)。
そんなお供を連れた聖ニコラスは子供達に,お手伝いをしたりお祈りを覚えて良い子にしていたかを尋ねます。もちろんそこでは,本当はお手伝いをサボっていても「良い子にしていた」と言う子供もいたでしょう。そして,夜になると二人のうちの「どちらか」が煙突を伝って戻ってきます。本当に良い子であれば,聖ニコラスからリンゴやクルミ,ビスケットなどのお菓子がもらえます。しかし悪い子だとお供の方がやってきて,ジャガイモの皮や馬糞などが残されてしまうのです。ドイツの悪い子専用のブラックサンタクロースとして知られるクネヒトループレヒトに至っては,豚の臓物をベッドの上にぶちまけることもあるとか・・・(※9)。
さあ,みなさんは今年一年,「良い子」にしていたでしょうか?嘘を付いてもサンタさんはお見通しです。もしかしたら馬糞や臓物が・・・思い当たる節がある人は要注意ですね。でも献血者の少なくなるこの時期,「無償の愛」を献血という形で表せば,もしかしたらサンタさんもすてきなプレゼントをみなさんの枕元に置いていってくれるかも知れません。400mlの全血献血であれば10~15分で済みます。寒い冬だからこそ,みなさんも愛と温もりのリレーに参加しませんか?
※1 http://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/iyaku/kenketsugo/2d/dl/2b.pdf
※2 http://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/iyaku/kenketsugo/5a/question.html
※3 http://www.kenketsu.com/sr/sr5akn0.html
※4 『血液型の世界地図』(2006)能見俊賢,青春出版社.
※5 Qiyong P Liu, Gerlind Sulzenbacher, Huaiping Yuan, Eric P Bennett, Greg Pietz, Kristen Saunders, Jean Spence, Edward Nudelman, Steven B Levery, Thayer White, John M Neveu, William S Lane, Yves Bourne, Martin L Olsson, Bernard Henrissat & Henrik Clausen. (2007) Bacterial glycosidases for the production of universal red blood cells. Nature Biotechnology. 25(4): 454 - 464.
※6 http://www.med.kindai.ac.jp/immuno/wakaru.htm
※7 http://www.torii.co.jp/health/lifescience/index3.html
※8 『サンタクロース学』(2001)荻原雄一,夏目書房.
※9 http://ammo.jp/weekly/pay/0412/pay041215.html