やわらかサイエンス

ほっと心がかい放される道 -北海道における防雪対策を考慮した道づくり-

第44回担当:重廣道子(2007.03)

私は,半年間は大地が雪の下に埋もれる北海道北部に活動拠点を移してから,3度目の春を迎えています。この時期になり,道路のアスファルトが見えるようになると,ほっと心が開放されます。冬は冬で,ウィンタースポーツ,雪原の美しい風景などを堪能できますが,極寒地での日々の生活となるとなかなか厳しいものです。こと,交通に関しては,車を吹雪の中,あるいはアイスバーンの上を走らせるのは,心身共に大きな負担となります。冬季の間は,道路は雪に覆われ,車線やアスファルトを見ることはほとんどありません。ですから,黒いアスファルトが所々みえるようになると,私は,それを春到来の合図のように感じています。今回のやわらかサイエンスでは,この北の道路にスポットを当てます。


北海道に来て改めて驚いたのは,比較的険しい渓谷,山岳地帯,あるいは人の生活の匂いがほとんどしないような土地にも,道が通っているということです。縦横無尽に走る道路・トンネル,除雪が行き届いた道など,これらをつい「当たり前」だと感じてしまいがちです。しかし,道は始めからそこに通っているわけではありません。ここに道路がなかったら,いかに不便であったことでしょう。極寒の厳しい環境条件の下,そういった土地に道路やトンネルを貫通させるためには,想像を絶する困難が伴ったことでしょう。


北海道の土木事業は,雪・寒さとの闘いになります。


冬には欠かせない除雪を考えてみましょう。これは,大変な労力・コストを費やす大仕事です。北海道の財政は,平成17年度決算において赤字決算になっていますが,そのような厳しい財政の中,除雪事業費として,平成18年には約87億円が投じられています1)。この除雪事業費には,凍結防止剤の散布,排雪,ロードヒーティングなども含まれます。そして,除雪延長はおよそ1万kmにもおよぶのです1)。交通の激しい市街地では,交通量の少ない深夜,あるいは早朝に作業を済ませなくてはなりません。また,雪を道から除ける(除雪)だけではなく,その雪をどこかにもって行く(排雪)必要があります。町中雪の山だらけになってしまうと,車の運転席からの視界が遮られたり,道幅が狭くなり,車両の走行には多大な危険が伴います。除雪・排雪が行われなければ,交通網は遮断され,都市機能は麻痺してしまいます。交通の安全の確保のためにも,除雪・排雪は重要な作業です。


雪が積もった路面を車が走ると,雪が圧縮されて氷結し,いわゆる圧雪アイスバーンと言う状態になります。カーブ,あるいは車が一旦停止する場所には,このアイスバーンが発生しやすくなります。こういった場所の側には,「砂箱」が置かれていることがあります。その名の通り,箱の中砂が入っています。この砂を凍結路面上に撒くことで,摩擦係数を上げ,車が滑られないようにするというわけです。撒き砂は,ボランティアの力により行われている町もあります。


問題は,雪が積もった道だけではありません。雪が融け始めたかと思うとまた気温下がり,路面が凍結することがあります。凍結路面上はスケートリンクのようなもので,車を走行させることは非常に危険を伴います。路面の凍結対策の一つして,0度を下回っても凍結しないように,凍結防止剤・融雪剤を散布することがあります。この薬剤として,塩化カルシウムが使われてきました。しかし,これは塩水と同じようなもので,散布した薬剤が地下水に混入し,植物が枯れてしまうといった被害も報告されています2)
また,海の側では車が錆びやすいように,塩化物イオンは酸素と一緒になると,金属を錆びやすくする作用があります。同様に,塩化カルシウム系の融雪剤を散布した道路上を走ると,車に融雪剤が付き,車体に被害を与える事もあります。そこで,現在は,非塩化物型凍結防止剤の研究が進められています3)


さて,道路から視線を上に移すと,ポールに吊るされている矢印が目に入ります。この矢印は,道路の端の位置を示す目印です。何故矢印を吊るすのかと言えば,道路に引かれた車線は雪が積もると見えなくなりますし,積雪が多くなると,道路脇のポールも雪に埋もれて見えなくなってしまうためです。


写真:色々なタイプのポール
左:積雪にすっかり埋もれたポール/中:路肩を示す矢印/右:夜になると反射で光る矢印

矢印のついたポールと並んで,少し前に傾いている道路標識を目にすることがあるかも知れません。事故?施工ミス?そうではありません。積雪で車線,ポールが埋まるばかりではなく,吹雪で雪がつき(着雪),道路標識も見えなくなってしまいます。この着雪対策の為に,予め道路標識を少し前に傾斜させて設置しているそうです4)。標識を傾けて着雪を防止するというのは,ただなんとなく・・・ではなく,計算と実験の結果に基づくものです。


市街地を離れてしばらく車を走行させていると,道路の脇に柵が見えてくることがあります。この柵は,道路に発生する雪の吹き溜まり対策として造られたものです。吹き溜まりができると,風の強いときには地吹雪が発生し,視界が非常に悪くなります。柵は,水平方向に板が並べられており,ブラインドのような造りになっています。板の角度を変えることで,隙間のない壁になったり,隙間だらけの柵になったりします。雪の降らない春から秋の季節には,このブラインドを開け,風景を楽しむことができます。この柵には,柵から地表面に隙間が開いているもの,全く隙間が開いていないものがあります。前者は,下に風を通すことで,雪を吹き払ってしまうという効果があります。後者は,風上に雪を一手に集めてしまおう,というものです。この防雪策は,民間事業者と大学の研究の成果の賜物です。防雪柵だけではなく,防雪対策に森林が利用されているケースもあります。





写真:ブラインドのような造りの防風雪柵
ブラインドのような造りの防風雪柵




以前に,森林の働きを紹介しましたが(やわらかサイエンス第40回),森林があることにより,地吹雪が30-40%も抑えられるというデータが発表されています5)。景観を整備するためにも,防雪のためにも,北海道の各地で植樹が行われています。


更に市街地を離れ,道は野山に続きます。野山を走る道は,適当に山を切り拓いて造られているのではありません。防雪対策として,高さ1に対して奥行き3という比率ののり面勾配が採用されているそうです4),5)。こうすることで,雪庇(せっぴ)ができにくくなるというのです。雪庇とは,斜面に雪が積もり,庇(ひさし)のように積もった雪がせり出してくる現象です。雪庇が大きくなり,走行中の車両に落下すると・・・危険ですね。


次から次に・・・書ききれませんが,まだまだあります。
私は,北海道に暮らしを移すまで,ほとんど雪とは無縁の生活を送っていました。ですから,北海道特有の道路事情には驚き,そして「なるほど!」と唸る場面が多くあります。札幌のように,年間累計降雪量が5mを超えながらも,約190万人もの人口が生活する大都市は世界でも稀だそうです5)


例えば,アメリカのニューヨーク北部に位置するバッファローという街は,札幌と同程度の降雪量がありますが,人口は30万人にとどまっています。国土面積に対する人口の割合もありますが,札幌市を訪れる人々,あるいは生活されている人々は,厳しい自然環境ながらも利便な交通事情を体感されていることでしょう。降雪地における日本の土木技術は,世界にも誇れるものではないでしょうか。


北海道での道作りは,雪対策や実用性の追求だけには留まってはいません。自動車を運転する観点からの景観作り,自然・文化とのふれあいを目的としたレクリエーション要素の詰まったシーニックバイウェイ(Scenic byway)の設定が2003年から始まっており,現在では6つのルートが指定されています6)。シーニックバイウェイ(2006年1月に「日本風景街道」に改称7),8))の設定は,その地域の自然環境保全にも一役買っています。北海道は,美しい自然に恵まれており,観光の名所が多くあります。その観光の途中に,少しより道をしながら,北海道の道づくりの技術に目を向けてみてはいかがでしょうか?
なかなか面白いと思いますよ。


shigeと仲間達、雪解けを喜ぶ図