
誰にでもできる鬼退治?!
立春を過ぎると暦の上ではもう春ですが,みなさん風邪など引いていませんか?今年は暖冬の影響でインフルエンザの全国的流行の始まりが例年に比べて遅れているようですが,流行の遅れは必ずしも流行規模の縮小とは関連しないと言われています(※1)。

みなさんは,風邪の予防として日頃から何か気を付けていることはありますか?厚生労働省からインフルエンザの予防として「ワクチン,手洗い,マスク,うがい」が推奨されています(※2)。外出から帰ってすぐに行う「うがい」などは幼い頃から身に付いた習慣ですが,意外なことに(逆にあまりにも身近すぎて),長らく「うがい」の有効性を十分に検証した研究がありませんでした。だからと言って「たかが『うがい』なんかで・・・」などと侮ってはいけません。ついに2002年,京都大学の川村孝教授らによる世界初の無作為化試験で「うがいが風邪予防になる」ことが実証されました(※3)。
それ以外にも,歯磨きなど,口の中を清潔に保つことでインフルエンザの発生率が低下することも報告されています(※4)。これらの行為は,体の中にウィルスが侵入する前に,まだ外側に付着しただけのウィルスを洗い流す効果があるようです。つまり,これまで当たり前のように親や学校の先生から言われてきた「言いつけ」を守ることは,風邪予防にも効果有り,というお墨付きが出た訳です。まずは体に侵入される前の段階で,第一の防衛線「うがい」でウィルスを撃退しましょう。
その防衛線を突破してきた風邪ウィルスに対しては,ヒトの体はどう対処しているのでしょうか?
私たちの体には外から侵入してきた敵(「自分」とは異なる「他者」)を撃退する機能を持っています。その主役的な働きをするのがみなさんご存じの通り「白血球」です。白血球はもともとは赤血球の対語であり,血液中で色素を持たない細胞のことを指して言います。そのためリンパ球なども白血球に含まれます(※5)。

白血球のうち,単球や顆粒球はアメーバ状の運動形態を持っていて,侵入してきたバクテリアなどの異物を食べて分解してくれます。傷口の膿はまさに外敵との闘いの末に果てた白血球の姿なのです。一方リンパ球は,白血球のような運動性や食作用はなく,抗体という物質を作って撃退する免疫機能を司っています。
予防接種を行うのは,侵入が予想される病原菌や病原ウィルスを不活性化したもの(ワクチン)を一度体内に注入し,リンパ球の働きでそれらを記憶させることに狙いがあります。本当の侵入(リンパ球にとっては2度目の侵入)が起こった時に,記憶をもとにリンパ球が急速に抗体を作ることができる訳です。

しかし,ヒトの免疫能力を超えて猛威をふるう感染症の流行が,世界的に何度も起こっています。そのうちの一つに1918年に全世界で大流行したスペイン風邪が挙げられます。推計で5,000万人もの死亡者が出た流行でした。その強い毒性の正体は謎でしたが,東大医科学研究所の河岡義裕教授を中心とする国際共同研究グループにより,ウィルス感染によって免疫が制御のきかない状態に陥っていた可能性が指摘されました(※7)。普通のインフルエンザウィルスに感染したサルは,感染直後に「インターフェロン」と呼ばれるウィルス増殖を抑える物質を作っていましたが,スペイン風邪ウィルスの感染では,インターフェロンをほとんど作らなかったのです。スペイン風邪ウィルスの遺伝子解析などから鳥インフルエンザが変異してヒトへの感染力を獲得したとみられていますが,河岡教授らの成果は高病原性鳥インフルエンザの治療にも役立つと期待されています。
ところで2月3日は節分です。
私も幼い頃,「鬼は外!福は内!」と叫びながら家中に豆をばらまき,豆まきの後には年齢の数だけ豆を食べ,煎った豆で入れた豆茶を飲んでいました。節分の時期に限らず,私は大豆製品が好きで,特に納豆は毎日欠かせません。最近,TV番組での情報捏造問題で揺れた納豆ですが,捏造よりも私が報道で驚いたのは,TV番組に促されなければ買わないほど,納豆があまり食べられていなかったのか,ということでした。

納豆の原料は大豆です。秋に収穫された大豆は,味噌・醤油・納豆などのようにさまざまな形態に加工され,食糧の乏しい冬の貴重なタンパク源として保存・利用されてきました(※8)。「大豆」は秋の季語ですが,「納豆」は冬の季語であることからも,移りゆく季節とともに人の暮らしの中で豆が活用されていったことが分かります(※9)。
私たちの体はタンパク質でできています。体の組織を作り,維持していくためには,食べ物からのタンパク質の摂取が不可欠です。当然,免疫系を司る細胞達も,我々の体内で日々作られています。かつて食糧の乏しい冬の貴重なタンパク源として「畑の肉」とも言われる豆を食べることは,風邪を引かない体作りに欠かせなかったと言えるでしょう。
人間の体の免疫系は,微妙な調節機構が働くことによって保たれているのです。体内での「彼ら」の働きを敢えて減退せしめるような,睡眠不足,偏食や無理なダイエット,酒やタバコの過剰摂取,といった行為は,まさに自分のクビを締めることになるのです。それこそ家の中のみならず,自分の体の中にまで「鬼」が入ってきてしまうことでしょう。
こう考えてくると豆まきは,
鬼は外:鬼(ウィルス)をまず体の外で防ぐこと(うがい・手洗い・歯磨きなど)を教え,
福は内:内なる福(免疫機能)が力を発揮する体作りの重要性を暗示している,
そんな伝統行事と言えるかも知れませんね。
思い立ったが吉日。今日からさっそく「鬼は外,福は内」を実践しましょう。
※1 http://www.sankei.co.jp/seikatsu/kenko/070125/knk070125000.htm
※2 http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou01/index.html
※3 http://www.kyoto-u.ac.jp/health/006.htm
※4 Abe et al. (2006) Professional oral care reduces influenza infection in elderly.
Archives of Gerontology and Geriatrics, 43(2): 157-164.
※5 生物学辞典 第3版(1992)山田常雄ら 編集,岩波書店
※6 http://mmh.banyu.co.jp/mmhe2j/sec14/ch170/ch170c.html
※7 Kobasa et al. (2007) Aberrant innate immune response in lethal infection of macaques with the 1918 influenza virus, Nature, 445: 319-323.
※8 http://www.tofu-as.jp/report/03/02.html
※9 角川新国語辞典(1987)山田俊雄・吉川泰雄 編,角川書店