
幻の技! 周辺視野の術!
暑かった今年の夏も終盤です。そこかしこに秋の気配が漂ってきました。日一日と感じられる秋の夜長に星を眺めるのはいかがでしょうか?今回のやわらかサイエンスでは,見えない星を見る裏技をみなさんに伝授いたします。
秋の星空は,夏の華々しさに比べれば明るい星が少ないものの,星座ファンには楽しみな見所がたくさんあります(※1)。中でも秋の星空には,最も有名な天体の一つとして,アンドロメダ銀河(M31星雲)があります。私たちの住む銀河のお隣の銀河で,ざっと230万光年離れていますが,実はアンドロメダ銀河は肉眼で見ることができるのです。明るさは4.8等級なので,双眼鏡や望遠鏡を使えばもちろん容易に見ることができますが,今回は肉眼で見ることにチャレンジしてみましょう。

まずは星の位置から。アンドロメダ銀河は名前にもあるとおり,アンドロメダ座にあります(上図)。アンドロメダ座はペガスス座の隣にあるため,ペガスス座の大四辺形を頼りに見つけると探しやすいでしょう。アンドロメダ銀河はアンドロメダ座ν星の隣に位置しています。まずは「そこに銀河があると思われる場所」を見てみましょう。残念ながら多くの人は,あるのかないのか分かりにくかったと思います。しかしこれで諦めてはいけません。では次に,アンドロメダ銀河を直接見るのではなく,少し視線をずらしてみましょう。すると不思議なことに,「あると思われる場所」に星雲が見えてきませんでしたか?
まさにその瞬間,あなたはアンドロメダ銀河が230万光年の彼方から発した光を見ているのです!

ではこの感動が冷めてしまう前に,秘技の原理をご説明しましょう。
まず下図の目の断面図をご覧下さい。角膜や水晶体を通ってきた光を,網膜にある視細胞が受け止め,それを電気信号に変えて脳で映像化しています。続いて網膜の拡大図を見てみましょう。網膜にある視細胞には2種類あります。色を識別する能力がある錐体細胞と,色を識別できないが明暗を見分ける能力が優れている杆体細胞です。この杆体細胞は中心窩に少なく,周辺に多く分布しているのです。私たちが暗いところにいる時は,感度の良い杆体細胞を利用して,明暗を見分けているのです。つまり,視野の中心(中心視野)ではなく,中心から外れた視野(周辺視野)で少ない光信号を受け取っているのです。これが「周辺視野の術」の原理です(※2)。


アンドロメダ銀河も,その光は微かなものです。しかし,少し視線をずらして周辺視野で捉えることで「見える」ようになるのです。
この周辺視野を使った星の観察は非常に便利で,たとえば北斗七星の柄の端から2番目の星が二重星であることも分かりますし,オリオン座大星雲も見ることが出来ます。また,最近太陽系の惑星の数が変わるというニュースが飛び込んできましたが(※1),条件が良ければ天王星(6等星)も見られるかも知れません。忍者も周辺視野で暗闇を見ていたと言いますから,真夜中でさえ明るい現代においては,周辺視野を使うこと自体,秘技と言えるでしょう。
スポーツや速読術,車の運転など,周辺視野を鍛えることは日常生活でも有用であると言われています(※3)。
ところでこの「周辺視野の術」,これは「数字データを見る」ことにも使えそうです。
たとえば,2種類のコンクリートの強度を調べる実験を見てみましょう。コンクリートが何tまでの重さに耐えられるか,という実験です。同じ大きさ同じ重さのコンクリートAとコンクリートBを,それぞれ5個ずつ用意して強度を調べ,平均値を計算してどちらに強度があるかを比較します。
その結果が下記のようになりました。

このデータを見た材料調達係のあなたはどちらをビル建設に使いますか?
示された結果がこれだけだと,思わず「コンクリートB」を選んでしまいますよね。平均強度がAより大きいのですから。しかしここで生のデータを見てみることにします。

平均値では確かにBのほうが強度があるように見えますが,実はその値が大きくバラついていました。一方でAは平均値近辺で安定した強度を示しており,安全・信頼性を考えるとAを使うべきかも知れません。「平均値」だけを注視していると,「バラツキ(標準偏差)」に重要性が隠れていることには気づかなかったでしょう。
さらに,バラツキがあるからと言ってコンクリートBをただ単に却下するだけでなく,7.0tまで耐えた要因,あるいは1.0tしか耐えなかった要因を究明することで,より強度の高いコンクリートの開発や,正確な危険予測にも応用可能です。
コンピュータはいとも簡単に数字を算出してくれますが,その数字の意味を解釈するのは、結局は私たちなのです。
レモン10個分のビタミンCと言いますが,実際にレモンの中にどれくらいのビタミンCが入っているかご存じですか?某学校の就職率90%の分母は,「全生徒」と「学校の就職相談係に相談した生徒」のどちらでしょう?体重が2kg減ったのは,無理な節食で脱水症状になっただけではありませんか?
溢れる情報から真実を見いだすために,目の当たりにしている中心視野だけではなく,周辺視野を意識することの重要性はますます高まっているように思います(※4)。

ところでみなさんは,上の図のイラストは何に見えますか?多くの方が「人の顔」と答えたのではないでしょうか?円が4つあるだけなのに,確かに顔に見えてきますよね。私たちの脳は,4つの円の配置から,目と口と輪郭を読み取り,このイラストを「顔」というグループに選別したのです。これをパターン認識といいます(※5)。パターン認識能力は視覚のみならず,聴覚や嗅覚などを通じて,日常のどのような行動にも反映されており,様々な状況に迅速に,そして柔軟に対応できるようになっています。赤ちゃんが人見知りをするようになるのも,「親の顔 → 自分をかわいがってくれる存在」というパターン認識が構築され,見ず知らずの人には不安を感じるようになるからだと言われています(※6)。
車が近づく音,何かが燃える匂い,裏がありそうな笑顔などなど,自らの生存にとって危険なモノを回避する意味でも,このパターン認識は必要不可欠な能力なのです。
ただし,そのパターン認識能力が発達したことによる副作用もあります。水しぶきや木の葉の重なりが人の顔に見えてしまう心霊写真も,パターン認識能力が発揮された例の一つと言えるでしょう。
ローマ時代,ジュリアス・シーザーは言いました(※7)。
「人間は見たいと欲する現実しか見ていない」
この言葉は,まさにパターン認識能力のさらに奥に潜む人間の心理の本質を突いている気がしてなりません。先ほどのコンクリートの例で,もし仮に,何らかの要因が絡んで「どうしてもコンクリートBを使いたい」状況があった場合,「平均値」こそが「見たい現実」となってしまいます。
火星の人面岩は,地球外生命体からのメッセージではないかということで一時期話題になりました(※8)。真偽のほどは分かりませんが,「顔の構造」に見えるパターン認識と,「異星人が作ったモノであって欲しい」という深層心理が働いている可能性は十分にあるでしょう。
周辺視野で見ることで,直視していては見えなかったモノが見えてくることもあります。さらに,そうすることによって,固定化されたパターン認識を脱した新発見につながるかも知れません。周辺視野の術,ぜひいろんな場面で使ってみてください。
余談ですが・・・
火星で撮られた別の地形画像が地球に送られてきました。「Happy face」と呼ばれるニコちゃんマーク,そしてハートマークの地形です(※9)。こればかりは,地球外生命体が我々地球人に向けて発した平和へのメッセージであって欲しい,そう願ってやみません。
※1 http://www.astroarts.co.jp/
※2 http://www.ocular.net/jiten/jiten003.htm
※3 http://www.mklook.com/sports4.html
※4 http://www.tsr-net.co.jp/new/report/1175196_819.html
※5 http://www.neurosci.aist.go.jp/spr/about.html
※6 http://www.babycom.gr.jp/care/papa/fushigi.html
※7 http://www.financialacademy.jp/ijin_9.html
※8 http://www.infobears.ne.jp/athome/cactus/space.marsface.htm
※9 http://www.cnn.com/TECH/space/9906/18/surveyor.pix/index.html