
ビール愛飲者に捧げるやわらかサイエンス
夏といえばビール!夏でなくてもビール!ですが,やはり夏に飲む生ビールはより一層おいしく感じるものです。さて,今回は,このビールにまつわるやわらかサイエンスです。生ビールがおいしく飲めるのは,○○○○土という岩石のおかげなのですが,○○○○に入る四文字は何でしょうか。
答えはケイソウです。珪藻と聞いて,頭に???が浮かんだ方は,第26回(2005.07):COOL BIZ?---CoolなBusiness Valueが注目される軽装ではなく珪藻の話---で復習しましょう。
先ず,生ビールの「生」とは何を意味するのか,ということから話を始めましょう。この「生」は,加熱処理をしていないことを表します。ビールには酵母が入っています。この酵母により原料の麦の糖が分解され,アルコールになります。この過程を発酵と呼びます。ただし,発酵は,物が腐る過程と何ら変わりはありません。人間にとってそれが好ましいものであれば「発酵」,そうでない場合は「腐敗」となるのです。常温では発酵が進んでしまい,ビールがビールではなくなってしまう,つまりは腐ってしまいます。そこで,加熱をすることにより,酵母や雑菌を除去します(滅菌)。しかし,加熱をすると,ビール本来の風味が失われてしまいます。そこで,加熱せずに酵母を取り除く方法が必要になるわけです。ここで,珪藻土の登場です。
ビールの酵母,雑菌を取り除くろ過材として,珪藻土が利用されています。なぜ,珪藻土はろ過に適しているのでしょうか?珪藻は,1mmの数十分の一から数百分の一という小さな体に殻をもち,その殻には更に微小な孔(直径0.1~1μm)が空いています。この小さな孔が,フィルターとして機能するのです。珪藻土の優れている点は,粉末にして,液体に混ぜてろ過が出来るという特性にあります。ろ過を何度もすると,ろ過フィルターの目が詰まってしまいます。そこで,ろ過をしようとする液体に粉末の珪藻土を混ぜることにより,フィルターを通す前に予めある程度ろ過が出来ます。珪藻の粒子は軽いため,表面に浮きますから,ろ過フィルターの目につまることはありません。このように,ろ過を助ける粉末を,ろか助剤と呼んでいます。珪藻土のおかげで,小さな径の異物(粒子)を効率的に除去することが可能になるのです。
ビール愛飲者の皆さんは,「これだけたくさんのビールが消費されているのだから,大量の珪藻土が廃棄物として出るはずだ。」と懸念されることでしょう。しかし,ビール製造会社によると,使用済みの珪藻土を,土壌改良剤として再利用しているとのことです。
学問的には,珪藻土に含まれる珪藻の化石は,珪藻が堆積した時代の環境の再構築に利用されています。これは,環境,例えば温かい水と冷たい水,塩水と淡水等,異なる環境により,異なる形状の珪藻が分布するため,珪藻を見れば環境が分かる,ということなのです。この特性を利用しているのは,何も地質学者ばかりではありません。事件の解明にも珪藻が使われたことがあるというのです。事件が起きたのが海であったのか川であったのか,死体の肺に残留していた珪藻から,事件発生時の環境を割り出すことができたというのです1)。
ビールのろ過には珪藻土が使われていると初めて知ったとき,ビールと地質に食指が動く私は,「やっぱり地質とビールは切っても切り離せない!」と,大変興奮・感激しました。この感動を与えてくれた地質とビールに乾杯!

1)野尻湖ケイソウグループ(2000)地学ハンドブックシリーズ・12,ケイソウのしらべかた