やわらかサイエンス

分け入つても分け入つても青い山

第37回担当:秋山 克(2006.06)

5月14日の「母の日」にはお母さんに,感謝の気持ちを込めてカーネーションを贈った方も多いことでしょう。そして6月18日は「父の日」です。アスパラガスを食べて頑張っているお父さん(やわらかサイエンス5月号)に,バラを贈って日頃の労をねぎらいましょう。
今回のやわらかサイエンスでは,バラにもアスパラガスにも関係する「ポリフェノール」の世界へ分け入ってみたいと思います。


ニュース等でご存じの方もいらっしゃると思いますが,1995年に「青いカーネーション」が,そして2004年には「青いバラ」が開発されました(※1,※2)。花育種家や研究者の悲願が叶ったとして,大々的にその成果が報じられました。


アジサイやパンジーなど,青や紫色の色素を持つ花はたくさんあります。しかし,青いバラblue roseは長年の間作り出すことができなかったことから,「不可能の代名詞」であり幻の花とされてきました。ではなぜ今になって,それらの青系統の品種が育成されるようになったのでしょうか?
そこには「ポリフェノール」という物質が大いに関わってきているのです。


ポリフェノールを含む写真(葡萄、ワイン、茄子)

「肉や乳製品などの動物性脂肪をたくさん摂っているフランス人は,心疾患による死亡率が他の欧米諸国より低い」
このフレンチパラドックスを解き明かすキーとして赤ワインに含まれるポリフェノールが取り上げられるや否や,健康志向の日本人の興味と相まって,ポリフェノールという言葉が日本の隅々に爆発的に知れ渡ることになりました(※3)。赤ワインの原料であるブドウや,ブルーベリー,紫アスパラガス,シソ,ナスの皮などに含まれ,活性酸素を取り除く抗酸化作用がある,といったことが広く知られています(※4)。


そもそもポリフェノールとは何者なのでしょうか?


ポリフェノールという単語は,「ポリ」+「フェノール」に分けられます。
「ポリ poly」とは接頭辞で「たくさんの」という意味を持っています。つまりポリフェノールは「たくさんのフェノールからできている」ということを表しています(※5)。


次に「フェノール」ですが,その前にまず「ベンゼン」という物質をご紹介しましょう。
ベンゼンは化学式C6H6で表される化合物で,6個のC(炭素原子)が亀の甲のように六角形に配置された構造をしており,この構造のことを一般にベンゼン環とも呼んでいます。
そして,ベンゼン環に付いているH(水素原子)がOH(ヒドロキシル基)に取って代わった化合物をフェノールと言います。


ベンゼンとフェノールの構造とイメージ図

つまりポリフェノールとは,ベンゼン環を基本とした構造を持っていて,その構造にOHがたくさん付いているような物質と言うことができます。下の図はポリフェノールの代表格,アントシアニンの例(デルフィニンの一種)です。ベンゼン環やOHの部分が多く付いているのがお分かりいただけると思います。


アントシアニンの例

ポリフェノールはその構造などから,さまざまに分類されています。テレビショッピングや健康食品のチラシに書かれている宣伝文句でよく見かける名前が多いですよね。イソフラボン類は大豆,カテキン類はお茶に含まれ,その効果についてマスコミに取り上げられることも多いようです。


ポリフェノールの分類

ここで気を付けなければならないことがあります。
実は,ポリフェノールやイソフラボン,そしてカテキンといった言葉は,一連の物質群の総称で,何か単独の物質を表す固有名詞ではありません。同様にアントシアニジンも,C6-C3-C6骨格を持つ植物色素の総称「フラボノイド」に分類される,色素の一群を表しています(※6)。
デルフィニジンやペラルゴニジンを「大根やニンジン」とするならば,アントシアニジンは「根菜類」,フラボノイドは「野菜」,ポリフェノールは「植物」という一つのまとまりのことを言っているようなものです。


ここまでのところ,あまり聞いたことがない「アントシアニジン」は出てきているのに,よく耳にする肝心の「アントシアニン」という名前が出てきていませんね。
アントシアニンは,色素の本体であるアントシアニジンに,グルコースといった糖などが結合したもの(配糖体)で,これもまたデルフィニンなどの配糖体を一まとめにした総称なのです。


アントシアニジンとアントシアニンの区別

さらに似たような言葉で「アントシアン」もあります。アントシアンもまた,植物色素の中で赤・青・紫・紫黒色などを呈する色素の総称(※6)です。アントシアニンとアントシアニジンの両者を特に区別しないときに,まとめてアントシアンと呼んでいるようです。


アントシアニジンとアントシアニンの区別をしないときはアントシアニンと呼ぶ

アントシアンは水やアルコールに容易に溶けます。ナスなどを水で煮ると皮の色素が抜けてしまった経験はありませんか?皮に含まれるアントシアンが煮汁の方に溶け出てしまったために起こります。また鉄などのイオンとも関係が深く,黒豆を煮る時に鉄の釘を一緒に入れたりするのは,まさにアントシアンと鉄イオンの反応によって色を鮮やかにするためなのです(※7)。


糖やイオンなどがアントシアニジンの骨格構造に多種多様に結びつくため,単離されているだけでも60種類以上のアントシアニンがあり,同様にフラボノイド類に至っては2,000種以上が知られています(※6)。また,アジサイの色がさまざまに変わるのは,アジサイが植えられている土のpHやイオンの影響に依るところが大きいのはみなさんもすでにご存じの通りです。
構造が多岐にわたり,かつ環境の影響を受けやすいということは,つまり色素自体が変化しやすいことを意味します。自然界の多様な花色,特に青色の発現および植物体内での色素の安定化機構は,長い間研究者の興味を引き続けてきたのです。


青いバラのイメージ
■青いバラのイメージ(画:秋山)

話を青いバラに戻しましょう。青いバラの開発はサントリーとオーストラリアのフロリジン社との共同プロジェクトとして1990年に始まりました(※1)。そもそも,なぜバラには青系の品種が育成できなかったのでしょうか?実はバラの色素には,赤色を示すシアニジンとオレンジ色を示すペラルゴニジンが含まれているものの,青色を示すデルフィニジンが花弁に存在していなかったのです。そこで青色色素を誘導する遺伝子を導入し,14年にわたる研究の成果として青色色素を持つバラが誕生したのです。平成18年5月2日には,農林水産省・環境省により,遺伝子組み換え生物である「青いバラ」の開放的環境での使用等が承認され,近い将来販売されるようです(※8)。


数百年来の花育種家の夢であり,研究者らによって14年もの歳月をかけて開発された青いバラ。しかしそれは,ポリフェノール類の秘密を一つ解き明かしたに過ぎないのかも知れません。
ポリフェノール類に含まれる物質の一つ一つについては,抗菌作用,血圧上昇抑制作用などの多くの生理作用が明らかにされつつあり,医薬品・機能性食品といった分野で解明・応用への取り組みが続いています(※9,※10)。


その一方で,ポリフェノール類を多量に摂取することが人体にどんな影響を及ぼすのかはまだ不明です(※11)。また,ほとんどの野菜や果物にポリフェノール類が含まれているはずなのに,あたかも特定の食材にしかポリフェノールが含まれていないかのような偏った宣伝広告によって,消費者を混乱させている一面もあるようです(※12)。


ポリフェノールの真実の姿が早く明らかになるのを期待するとともに,日々の生活の中で自分自身がポリフェノールの森に迷わないようにしていきたいものです。




参考資料
タイトル:種田山頭火 作(大正15年4月)
※1 http://www.suntory.co.jp/company/research/blue-rose/
※2 http://www.horcul.com/search/html/jyousetu/blue/
※3 http://www.lochol.jp/News/news01_1.html
※4 機能性食品と健康-食品は進化する-,藤巻正生 著,裳華房,1999
※5 生化学辞典,今堀和友ら監修,東京化学同人,1998
※6 化学大辞典,大木道則ら編集,東京化学同人,1989
※7 http://www.u-gakugei.ac.jp/topics/yagurumagiku.html
※8 http://www.biotech-house.jp/news/news_326.html
※9 http://www.nistep.go.jp/achiev/ftx/jpn/stfc/stt012j/feature2.html
※10 抗酸化物質のすべて,吉川敏一 著,先端医学社,1998
※11 http://www.kenkobunka.jp/kenbun/kb30/yosida30.html
※12 http://www.pref.shiga.jp/c/kemmin-s/010322e/kurashi003/index.htm#2