
お父さん、頑張って!!
2005年の6月に住友生命が行ったアンケートで、「いざという時、頼りになるのは『父親』と『母親』、どちら?」という質問に対し、全体の60%が『母親』と答えました(※1)。特に女性の回答だけをみると実に74%が『母親』を選び、日々の仕事に追われるお父さんにとっては寂しい結果となったようです。仕事で留守にしがちな父親は、子育てから私生活までアドバイスしてくれる"頼れる先輩"という母親に及ばなかったと分析されています。今回のやわらかサイエンスでは、そんなお父さん達にエールを送るべく、野菜の世界で頑張る「スーパーお父さん」を紹介します。

ここでクイズです。紫、白、緑の三色を使った国旗はどこの国のものでしょうか?
正解は、野菜世界のアスパラガス王国の国旗です!
それは冗談としても、紫、白、緑の三色は、実際に栽培されているアスパラガスの色を表しています(※2、※3)。

みなさんよくご存じなのは、一般的に市販されているグリーンアスパラガスで、春先のこれからの時期は私の住む北海道で出荷が最盛期を迎えます。甘くて柔らかくて美味しいですよね。
続いてホワイトアスパラガスは、缶詰などに加工され、サラダの盛りつけに使われたりしています。品種はグリーンアスパラガスと一緒で、グリーンアスパラガスに土をかぶせることで白いアスパラガスを作ることができます。缶詰が主流でしたが、最近では生食用も人気で、特有の甘さとほろ苦さを味わう通な人も増えているようです。
紫アスパラガスは知る人ぞ知る新品種で、甘みも強く、アントシアンを多く含むアスパラガスとして熱い視線が注がれています。長野県や福島県、広島県などで栽培が広まりつつあります。
ところでこのアスパラガス、「植物」として見た場合、とっても興味深い面をいくつも持っているのです。その一つに、「アスパラガスはお父さんとお母さんが別の株(個体)」という、植物の中でも珍しい特徴があります。
「えっ?ヒトや犬、鳥や魚にだって父親と母親がいるのだから、アスパラガスにも父親と母親がいるのは当然でしょ?」
ではここで小学校時代に観察したアサガオやチューリップを思い出してください。 図にも示しましたように、一つの花の中に雌しべと雄しべがありますよね。雌と雄の両方の機能が備わっているこれらの花を「両性花」といい、多くの花がこのタイプです(※4)。

■両性花の断面のイメージ図
一方で、雌しべだけの「雌花」と雄しべだけの「雄花」というように、一つの株に雌花と雄花の両方を咲かせるタイプの植物を「雌雄異花(しゆういか)」と言います。お馴染みの野菜としてはスイカやカボチャ、キュウリなどがこの仲間で、一つのツルに雌花と雄花の両方が咲きます。マツやスギも雌雄異花で、花粉症の原因であるスギ花粉は、スギの雄花から飛散しているのです。
そしてアスパラガスはそのどちらでもなく、雄の株と雌の株に分かれている「雌雄異株(しゆういしゅ)」なのです。雄株には雄花だけ、雌株には雌花だけを着けます。身近なものとしては、ホウレンソウやイチョウなどが挙げられます。最近では街路樹としてイチョウを植える際、ギンナンの臭いを敬遠して雄の株を選んで植えているところもあるようです。
ではアスパラガスの雄株と雌株で、栽培方法や収穫物の品質などに何か違いがあるでしょうか?まずアスパラガス栽培の一年間を見てみましょう。様々な作型がありますが、露地栽培での一般的な流れです(※2)。

私たちがスーパーなどで目にするアスパラガスは、前年の茎葉繁茂期に光合成で作られた栄養分が根に蓄えられ、翌年の春にその栄養分を使って伸びてくる「若茎」を収穫したものです。

■茎葉繁茂期 (若茎が人の背丈ほどに生長し、茎葉を展開する)
若茎の生長や収量についての農家や研究者の共通した認識として、雄株と雌株では以下のような違いがあると言われています(※5)。
- 雄株のほうが萌芽が早く、本数も多い
- 雌株の若茎は不均一ではあるが、雄株より太さでまさるものもある
- 伏せ込み促成栽培では雌株のほうが収量が多い
ただ、雌株は茎葉繁茂期に果実の重さで倒伏しやすく、さらに落ちた種子が雑草化するため、収益性や栽培上の労働力だけから見ると雄株が有利であると考えられています。しかしながら、苗の定植時期に雄株だけを簡便に選んで定植することは困難であると言われており、一般的には雌株と雄株が混植されています。

■アスパラガスの赤い果実
そこで先人達は考えました。
「種子がすべて雄株になるような、そんな親の組み合わせはできないだろうか?」
そうすれば、その組み合わせから採られた種子を播くことで、確実に雄株だけの圃場を作って栽培することができる、という寸法です。
ヒトの性別を遺伝子型で表すと、女性はXX、男性はXYとなります。女性からはXだけが、そして男性からはXかYの染色体が子供に受け継がれ、子供はやはりXXかXYのいずれかの組み合わせとなり、性別が決まります。Yがあると男性になります。
アスパラガスの性別は、雌株がmm、雄株がMmで表され、雌株からはmだけが、雄株からはMかmがその子供に受け継がれ、mmかMmのいずれかとなり、性別が決まります。この場合、Mがあることによって雄株になると言えます。

ここで、アスパラガスの雄株で見られる特異な現象に研究者達は気づきました(※5)。雄株は雄花しか着けないはずですが、希に両性花を着ける株が見つかったのです。株自体の遺伝子型は、雄株なのでもちろんMmですし、両性花にある雄しべも雌しべも遺伝子型はやはりMmとなります。
ここからはパズルのようですが、「Mmの雄しべ」と「Mmの雌しべ」の組み合わせで作られる種子の遺伝子型を考えてみますと・・・、
雄しべからはMかm、雌しべからもMかmが子供に受け継がれます。すると、遺伝子型としてはMM、Mm(MmとmM)、mmの三通りができることになります。

上段にも書きましたがアスパラガスの性別は、雌株がmm、雄株がMmで表されます。ここで注目すべきは、雄株の遺伝子型であるMが二つも含まれる「超雄株MM」が新たに誕生するという点です。
超雄株MMの何がすごいのかと言いますと・・・超雄株MMを花粉親にすると、作られる種子はすべて雄株になるという、まさに「スーパーお父さん」なのです。ではそれを遺伝子型の図で確認してみましょう。超雄株MMからはMだけが、雌株mmからはmだけが子供に受け継がれます。すると一目瞭然ですね。それらの組み合わせでは、すべての遺伝子型がMmとなる、つまりすべての種子が雄株に育つのです。

アスパラガスのスーパーお父さん(超雄株)の品種を全雄系といいますが、世界各国で育成され、いくつかの全雄系が実際に日本でも栽培されています。これまでに育成された全雄系の品種にも、収量や品質についてまだまだ検討の余地があり、研究が進められています(※2)。
夜遅くまで働いているお父さん達。疲れを取り除くべく、市販の栄養ドリンクを飲むことも多いのではありませんか?某製薬会社が発売している栄養ドリンクにアスパラギン酸を主成分とした商品があるのをご存じの方も多いと思います(※6)。このアスパラギン酸はアスパラガスで最初に発見され、その名が付きました。アスパラギン酸には体内の老廃物の排出を促し、またカリウムやマグネシウムの吸収効率を高める効果もあり、疲労回復にも役に立つと言われています。栄養ドリンクも良いですが、疲れた時にはこれからが旬のアスパラガスをもりもり食べて、スーパーお父さんに変身!!
※1 http://www.sumitomolife.co.jp/newsrelease.html
※2 元木 悟、アスパラガスの作業便利帳 株づくりと長期多収のポイント、農文協、2003
※3 いずみ農園
※4 http://www2u.biglobe.ne.jp/~waroh/plants/hana1.htm
※5 社団法人 農山漁村文化協会、野菜園芸大百科 11. タマネギ・アスパラガス・ウド、1990
※6 http://www.tanabe.co.jp/aspara/asparagin.shtml
画像提供
■ グリーンアスパラガス
■ 紫アスパラガス
しなの えちご屋(長野県飯山市;販売責任者 池田 直人 氏)
http://www.senkei.info/shop/index.html
■ ホワイトアスパラガス
串揚げ 鼎 KANAE (福岡県福岡市中央区;代表 岡本 勉 氏) http://www.kushiage.jp/xoops/
■ 茎葉繁茂期
■ アスパラガスの赤い実
いずみ農園(広島県三次市三和町;代表 和泉 敏明 氏)
http://www5.ocn.ne.jp/~famer104/hyodai.html