やわらかサイエンス

アスベストはどこから来てどこへ行く?-地球で生きていくこと、資源の利用について考える-

第29回担当:重廣道子(2005.10)

石綿(いしわた、せきめん)とも呼ばれるアスベストによる人体への影響が、マスメディアで報道されています。アスベストのばく露量によっては、肺がんや中皮腫を病み、死に至ることもあるということだけでなく、更に恐怖心を抱かせるのは、アスベストは大変身近に利用されており、誰もがその危険に曝されるリスクを持つということです1)。特に懸念されているのは、一般的に建材に含有されているアスベストで、その調査が各所で行われています。人体に有害なアスベストですが、一体このアスベストとは何処から来た何者なのでしょうか。


アスベストは、人工的に生産されるものではなく、鉱物、つまり自然由来のものです2)。髪の毛の5000分の1程度の細いほそ~い糸状に変形した鉱物です。アスベストは、角閃石に含まれるクロシドライト、アモサイト、アントフィラント、トレモライト、アクチノライトと、蛇紋岩を構成する蛇紋石に含まれるものとがあります。蛇紋石にはアンチゴライト、リザルダイト、クリソタイルという三種類があります。この全てがアスベストと言うわけではなく、この中のクリソタイルがアスベストと呼ばれるものです。角閃石は火成岩に含まれています。蛇紋岩は橄欖岩(カンランガン)などが圧力、熱、水による影響を受け変質してできた、変成岩とよばれる岩石です。暗緑色~黄緑色の蛇皮のような見かけから、蛇紋岩という名がつきました。火成岩、変成岩とは一体何でしょうか。


蛇紋岩

火成岩は、火山活動などに由来し、マグマが冷えて固まった岩石です。もう少し専門的には、(1)火山岩と(2)深成岩に分けられます。橄欖岩は後者の深成岩に属します。火山岩は、マグマが地表近くで急激に冷えて固まって出来た岩石です。一方で、深成岩は、マグマが地下深部でゆっくり冷えて固まった岩石です。例えば花崗岩と流紋岩は同じ化学組成を持っていますが、鉱物の結晶の大きさの違いから、異なる名前で呼ばれています。深部でゆっくりと固まり、鉱物の結晶が大きく成長している岩石は花崗岩、結晶が大きく成長する前に冷え固まってしまい、小さな結晶から構成されているのは流紋岩です。


岩石の種類には、前述の(1)火成岩の他に、(2)堆積岩、そして(3)変成岩があります3)。堆積岩は、岩石が風化や浸食により粉砕され、堆積し、そして押し固められたものです。この火成岩や堆積岩に、大きな熱、圧力、場合によっては水が加わると、岩石中の鉱物や粒子が再結晶したり、形を変えたり、新しい鉱物を産み出したりします。これによりできた岩石を変成岩と呼びます(やわらかサイエンス第07回(2003.04)「鉱物(mineral)って何?」)。強い熱や圧力が発生する状況としては、マグマの貫入、あるいは造山活動のようなプレートの動きが考えられます。橄欖岩は、他の火成岩と比較し、地殻に多く含まれている二酸化珪素の含有量が少なく(45%以下)、マントルと同じ成分を含有しているのではないかという説があります。貫入したマグマがゆっくりとクラストの深部で固まり、橄欖岩の塊が出来ます。この橄欖岩が、プレートの境目で押し出され、そのときに生じた圧力、熱、さらに地表近くで雨水や風に曝され風化を受け、蛇紋石という鉱物に変わると考えられています。


風化石化変成作用

アスベストは、ある岩石に含まれていることが分かりました。では、危険なアスベストを含有する蛇紋岩は今すぐ除去するべきでしょうか?アスベストの被害と言うのは、アスベストが空中に飛散し、それを人間が吸い込むことで発生します。従って、下手に岩石を砕き、アスベストを大気中に曝さない方が良いでしょう。蛇紋岩だけではなく、その他の岩石にも、水銀、カドミウム、クロム、鉛、銅など、そのままの状態にあれば危険ではないけれど、空気や水に触れ、空中、水中に移動することで、人間にとって有害となる物質が多くあります。


トンネルを掘って地球の形を変える、あるいは地下水をくみ上げる等地球の資源を利用することで、我々の生活は便利になると同時に、リスクも増えていきます。地面を掘削するトンネル工事では、岩石中に含まれる砒素や硫化物が水や酸素に触れることで、砒素や硫酸の発生が問題になることがあります。また、トンネル工事だけではなく、地下水の過剰なくみ上げで、地盤沈下や地下水汚染が発生することもあります。
例えば、バングラディシュでは地下水砒素汚染が深刻な問題となっています。この汚染の原因は、飲料水を確保するために井戸を掘削し、水をくみ上げ続けた結果、地下水位が下がり、砒素を含有する岩石が空気に曝され、地下水中に砒素が放出し始めたことだと考えられています4)。つまり特別の岩石にだけ有毒な物質が含まれているのではなく、その岩盤中を流れる水にも溶け出し移動するということです。


こう考えると、地球は危険だらけで、大変住みにくい場所に感じられるかも知れません。しかし、危険かどうか、それは度合いによるものでしょう。例えば、人間は自然界から放出される(人工放射線は含みません!)放射線を日々浴びて生活しています。そのばく露量により、何事もなかったり、健康障害が起きたりします。温泉水にだって砒素、水銀、カドミウムが含まれています。
しかし、それらが微量のため、人体に害を及ぼすことはほとんどありません。人間が地球上で生活していく以上、危険は存在します。そのラインを見極めることが重要ではないでしょうか。過剰に反応をすることは不要であり、必要なことは、情報を正しく理解し、判断するということです。例えば、岩石・地層の分布を把握することにより、有毒となりえる物質に由来する汚染を防止する、あるいは適切な対策をとることが可能になります。
そしてその防止・対策は、それにより環境を破壊するものであってはなりません。既に人間の生活範囲に出回っているアスベストが危険な量だと確認された場合、アスベストを隔離する必要がありますが、隔離・回収されたらそれで問題は解決されるのでしょうか。回収されたアスベストはどこでどう処理されていくのでしょうか。どこかの山の中に放置され、空中にアスベストがまた飛散し、風にのって我々の生活に戻ってくることはないでしょうか。
地球の資源を利用して生きていく以上、人間にはその資源活用後の処分をする責任が伴うということを忘れてはなりません。




参考資料
1) 厚生労働省によるアスベスト情報
http://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/sekimen/
2) 蛇紋岩中のアスベスト(中央労働災害防止協会労働衛生調査分析センター)
http://www.jaish.gr.jp/horei/hor1-45/hor1-45-27-1-3.html
3) Intrusive Activity and the Origin of Igneous Rocks in Physical Geology, 5th Edition, Plummer, C.C., and McGeary, Wm.C. Brown Publishers, Iowa, USA,.,p75-97.
4) A.M.R.チョウドフリ、飲料水を砒素汚染から守れーバングラディシュでの試み、日経サイエンス2004年11月号、p80-86.