
夏の甘~い夜
本州の夏は今年も暑いようですね。冷たいビールや清涼飲料水、シロップのかかったかき氷が恋しいことでしょう。でもそういった物の飲み過ぎ食べ過ぎは、糖分の摂りすぎになりますので注意が必要です。今回のやわらかサイエンスでは、そんな糖の仲間についてのお話です。

「ホー、ホー、ホタル来い。こっちの水は甘いぞ。そっちの水は苦いぞ。ホー、ホー、ホタル来い。」 子供の頃、夏の夜にホタルを見に行くと必ず口ずさんだこの歌。私はここで出てくる「甘い水」は砂糖水だと思っていました。砂糖とは正式にはショ糖(スクロース)といいます。あと良く聞く糖のなかまとしては、ブドウ糖(グルコース)、果糖(フルクトース)、乳糖(ラクトース)などがあり、果糖が最も甘く、ショ糖がそれに次いで甘いと言われています(*1)。ホタルを呼ぶのには、もしかしたら果糖入りの甘い水を使うのが効果的かも知れませんね。
でも糖の仲間には甘いものだけではなく、実は「苦い」糖もあります。それはゲンチオビオースです。ゲンチオビオースには苦みがあり、たとえばコーヒーやジュース、お酒の風味付けにも利用される糖です。他にも変わった糖といえば、「冷たい」糖もあります。リンゴに含まれているソルビトールは、触ると冷たいわけではありませんが、口に含むと冷涼感があり、食味をヒンヤリさせるお菓子などに利用されています。

糖の仲間は炭水化物の仲間でもあります。炭水化物という名前は、これに属する物質の化学式が、Cx(H2O)y、つまりC(炭素)にH2O(水;水素と酸素)がくっついた物質、というところに由来しています。ブドウ糖の化学式はC6H12O6で、これを炭水化物の式のように書き換えると、C6(H2O)6ということになります。
糖を代表して、ブドウ糖に注目し、その構造に秘められた不思議を見てみましょう。ブドウ糖は白い粉の状態(結晶)では、図1のように環を作った形をしています。Cが6個、Hが12個、Oが6個で作られているのが分かります。水に溶けやすいブドウ糖は、水溶液中では図2のように、環の一カ所が切れた鎖状のものも作られます。鎖状のブドウ糖を見やすくなるように書いたものが図3です。これらが糖の基本的な構造と言えるでしょう。

■糖の構造
この基本構造が2個結合した二糖、3個結合した三糖、たくさんの糖が結合したものを多糖といいます。オリゴ糖という糖もよく耳にしますが、特定の一種類を呼ぶ名前ではなく、通常、二糖から十糖くらいまでをオリゴ糖(ギリシャ語で「少数」を表すoligosに由来)といいます。下の表にそれぞれの糖の代表的なものを書いてみました。

実は単糖と呼ばれる糖の仲間は、その化学式がすべてC6H12O6で、構成している原子の数や種類はブドウ糖と一緒なのです。糖の種類の違いを決めるもの、それは立体的な構造なのです。上の図3のようにそれぞれの単糖を便宜上平面に書いてみると下図のようになります。

■おもな単糖の原子の配置
どこに違いがあるか、みなさんは分かりましたか?そうです。Cの鎖を中心にした時に、HとOHが左右で入れ替わっている箇所があるのです。HとOHがくっついているCは4つありますね。それが左右に入れ替わっていくので付き方は各Cで2通り、つまり2×2×2×2=16通りのブドウ糖の兄弟が存在するのです。化学式が同じでも構造が違うため、水への溶け方などの化学的性質や、なめた時の甘さも変わってきます。
ブドウ糖は主として植物の体内で、光のエネルギーを取り込む光合成によって作られます。 つまり糖はエネルギーの貯蔵庫である、ということが分かっていただけると思います。私たちはそれらの糖を摂ることで、仕事をしたり、運動したり、エネルギーを使って生きているわけです。

木々や草花の緑が萌える夏には、盛んに太陽のエネルギーが植物に取り込まれ、そして秋には自然の恵みとしてわたしたちがそれらをいただいています。でもそれは「今」であって、植物やバクテリアは「太古の地球」にはいませんでした。私たちの体(植物やバクテリアも含む)は、糖やアミノ酸、そしてそれらから作られる多糖類・タンパク質などの様々な物質によって形作られています。糖などの有機物がなければ、当然、糖を作る生命も生まれるはずもありません。数十億年の昔に、この地球上で糖はどのように作られていたのでしょう?
原始地球の大気中で生物の力を借りず、「無機的に」有機物が合成されたことを再現しようとしたミラーの実験をご存じの方も多いでしょう。原始地球の大気に水素、メタン、アンモニアなどといったガスが含まれていたと想定し、電極間に高圧をかけて雷を模した放電を行ったのです。すると、容器に入れてあった水にアミノ酸などの有機物が「無機的に」合成されていたことが分かったのです。そしてその水の成分を時間経過とともに調べてみたところ、下図のグラフのようにシアン化水素とホルムアルデヒドが生成されていたことも分かりました。

ホルムアルデヒドはHCHOで表されます。ちょっと荒っぽいやり方ですが、並べ替えるとC1H2O1となります。つまりホルムアルデヒド6個分の材料で6×C1H2O1=C6H12O6(ブドウ糖)が出来上がるわけです。ホルムアルデヒドは単独でいるよりも、何らかの刺激で結合しやすい性質を持っています。ホルムアルデヒドのそういった反応によって、ブドウ糖だけが作られるわけではありませんが、有機物の原始的な材料として重要だったのは確かなようです。
そしてもう一つ、不思議な事実があるのです。同じブドウ糖でもD型とL型という2つのブドウ糖が存在します。しかし、地球上にある天然のブドウ糖はD型のみであり、加えて私たちヒトも含めて地球上の生物のほとんどはL型のブドウ糖を利用して生命活動を営むことはできないのです。太古の昔になぜかD型のブドウ糖だけが利用されるようになったのです。単なる偶然か、あるいは何らかの不確定要素が働いたのか、それはいまだに謎のままです。このことについてはまた別の機会に触れることにしましょう。
遠い昔にホルムアルデヒドから糖が作られ、そしてD型のブドウ糖だけを利用して生きていく生命。その儚げな淡い光を放つホタルと同じように、わたしたちも地球の歴史の中で精一杯、命の光を放っているのですね。
*1 http://sugar.lin.go.jp/tisiki/ti_0109.htm
参考文献
・R.S.Monson、 J.C.Shelton 著、後藤俊夫 訳:有機化学の基礎、東京化学同人、1991
・酒井均、地球と生命の起源、講談社、1999
・阿武喜美子・瀬野信子、糖化学の基礎、講談社、1991