やわらかサイエンス

COOL BIZ?--- CoolなBusiness Valueが注目される軽装ではなく珪藻の話 ---

第26回担当:重廣道子(2005.07)

「岩盤浴」という文字が巷にあふれるようになり、岩盤・岩石に興味を惹かれる人々の体内ではアドレナリンがあふれ出していることでしょう。温めた砂利状や板状の岩石の上に体を横たえる保養スタイルのようで、なかなか気持ちが良さそうです。しかし、そこでふと思うのは、この岩盤浴に使われている岩盤とは一体何?!ということです。岩盤浴に火がつく前後に、温泉が世間を騒がせました。今また蒸し返すのも何ですが、不正に温泉と表示をしている入浴施設があるという残念なニュースでした。しかし、この出来事をきっかけとし、温泉とは何か考える機会が与えられましたね。せっかく「温泉とは何か」、と考えるようになったのですから、岩盤浴の「岩盤とは何か」探ってみましょう。


ここでは岩盤浴の医学的効果については議論せず、岩石そのものに着目することにします。ところが、岩盤浴施設の広告を見ると、遠赤外線効果であるとか、マイナスイオンだとか、その医学・精神的効果を謳う一方で、岩盤自体の物理・化学的特性に関する説明が意外に少ないことに驚かされます。これだけの情報ではこの石のかたまりが一体何処から来たのか、何で出来ているのか、そしてどうやって出来たのか、謎だらけです。


岩盤浴に使われる岩盤については、温泉のように法律1)が制定されているわけではありません。岩盤温度が何度でなければいけない、あるいは岩石が特定成分を含有しなければいけないといった明確な規定がありません。そのため、岩盤浴に使われている岩石は様々なようです。以下にいくつか例を挙げてみると・・・


ブラックシリカ、
干支石、
妙礫石、
貴宝石、


等々です。岩盤浴に用いられている岩石の多くは、学術名で標記されていなかったり、同じ岩種でも異なる名前で呼ばれていたりするため、一体どのような岩石なのか謎は深まるばかりです。これらの中から、北海道檜山管内上ノ国町でのみ産出されるといわれている「ブラックシリカ」あるいは「シリカブラック」と呼ばれる岩石について調べてみましょう。


ブラックシリカの学術名は黒鉛珪石といい、その名が示すように、珪石を主成分とし、微量のカーボン(黒鉛)、アルミニウムを含有するとのことです。このカーボンを含有しているという特性が、上ノ国町の珪石を特別なものにしているようです。しかし、珪石は珪酸鉱物(二酸化ケイ素、SiO2)を主とした岩石のことで、堆積岩だけではなく、火成岩など様々な岩石に含有され特に珍しいものではありません。また、上ノ国町の珪酸塩鉱物のように、珪藻(ケイソウ)に由来する珪石を主要成分とした岩石は日本各地に分布しています。藻類が堆積して出来た石???珪藻とは一体どのようなものでしょうか?


北海道天塩郡幌延町で見られる珪藻化石を含む泥質頁岩
北海道天塩郡幌延町で見られる珪藻化石を含む泥質頁岩

珪藻は小さな生き物で、河川、海など主に水のあるところに生息する藻類です。一つの細胞から成る単細胞生物で、大きさは数百分の一から数十分の一mmといったミクロサイズです。そのポピュレーションの約半分は海に生息しますが、水体ばかりではなく、湿り気が多ければ、大気中でさえも生存する種もあるとのことです。水の有るところに生息するということは共通ですが、その種類(10万種も存在すると言われています!)や形は水系・環境の違いにより異なります。そのため、古環境の再構築、環境評価等の情報として利用されています。


いろいろな珪藻

珪藻は植物と同じように、光合成により生きるためのエネルギーを蓄えるべく、二酸化炭素を消費し、酸素を供給し、挙句の果てには水中動物の餌となってしまいます・・・と聞くと、けなげな弱者というイメージを受けるかもしれませんが、実はなかなか強い生命力を持つ生き物です。化石というと大昔に住んでいた生き物と捉えがちですが、珪藻は世代交代をしながら現時代にも生きているのです。川底の石に付いた青緑色のどろどろしたコケのようなものを顕微鏡で覗くと、そこに珪藻を見ることが出来ます。藻という字からふわふわとした柔らかい生物を想像しがちですが、珪藻の細胞は殻に覆われており、この殻は珪酸(二酸化珪素)つまり石英と同じガラス質で出来ています(ただし石英は鉱物であり結晶質ですが、珪藻の殻は非結晶質です)。珪藻が死ぬとその体の有機物から成る柔らかい部分は分解されます。一方で、二酸化珪素から成る殻が残り、化石になって堆積したものが珪藻土です。時を経るに従い、珪藻は上層に積もる堆積物の下に埋没し、圧力により押し固められ珪石となるわけです。珪藻は小さいだけでなく殻が脆いため、埋没により周辺環境の圧力・温度が高くなると、その化石が形として残らなくなってしまいます。そのため、珪藻が初めて地球上に出現したと考えられる年代を特定することが困難です。しかし、現在までに発見されている珪藻の化石と、化石が発見された地層との相関から推定すると、珪藻が地球上に出現したのは二億年ほど前(恐竜が大暴れしていたであろう中生代のジュラ紀)であったと考えられています。恐竜よりも小さな生物ですが、サバイバルスキルに長けていたというわけですね。


サバイバルスキルといっても、珪藻は攻撃的に生き抜く姿勢を持っているわけではありません。多くの珪藻は非運動性で、たらたらと動ける程度の能力でさえ持つものはわずかです。水の流れを利用しつつ、その流れに身を任せつつ、光合成が出来る深度の浅い水中にとどまろうとします。しかし、気象変化などにより万が一生活環境が厳しくなると、水中深くに沈み、状況が良くなるまでじっと待っているのです。中には待っている間に更に深部へと沈み込み、そのまま行方不明となってしまう珪藻もいます。のんびりとして見える珪藻の世界にも、自然淘汰があるのですね。


漂い沈む珪藻

珪藻土が岩盤浴に利用されるようになったのはここ最近のことですが、珪藻土は吸湿・放湿、吸着、断熱・保熱、絶縁性に富み、古くから有用な資源として利用されてきました。この特性は、水中で養分を取り込むために殻にあいている無数の孔からうまれるもののようです。調湿建材、ろ過フィルター、土壌改良剤、保温材、研磨剤など、岩盤浴だけではなく、多くの産業利用価値がある岩石です。ただの石ころと侮っていたら、本当にただの石で終わっていたことでしょう。「この石は何なのか」と探ることがKeyとなり、地球環境での珪藻の役割、重要性、そして珪藻土の資源としての有効性が明らかになったわけです。岩石はただのかたまりではありません。「これは何?」「何からできているの?」「どうやって出来たの?」疑問を持って見てみましょう。


最後に・・・珪藻質泥岩には商業価値のポテンシャルがあるからといって、泥岩を好きなだけ採掘し、利用すべきだというわけではありません。天然資源は量に限りがありますし、誤った利用は環境破壊を招きます。その利用方法だけでなく、岩石の採掘の仕方、採掘が周辺環境に与える影響、採掘後の変化が周辺環境に与える影響、天然資源を利用した際の地球環境へのインパクト、そして資源使用後の処理方法まで、一つのサイクルとして考える必要があるのです。「ケイソウ」は岩盤浴で注目を集めているだけではなく、COOL BIZ2)にはじまった軽装も話題になっています。しかし、それが単なる流行、ファッション、エコロジカル風なうわべだけで終わるのではないか?という懸念を持つ人は少なくないでしょう。軽装を心がけるだけではなく、そのことによりどのようなインパクトが環境にあるのか、他に地球温暖化防止、地球環境保全にできることはないのか?対象が珪藻でも軽装でも・・一つ一つの自らがとる行動を、断片的ではなく、グローバルなサイクルとして考えたいものです。


Note:本文では黒鉛珪石を取り上げましたが、岩盤浴に使われている岩盤全てが黒鉛珪石というわけではありません




参考資料
1)環境庁 温泉法
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S23/S23HO125.html
2)環境省地球環境局 COOL BIZ
http://www.env.go.jp/earth/info/coolbiz/
珪藻の話に関する参考資料
Diatom Home Page by Biology Department, Indiana University
http://www.indiana.edu/~diatom/diatom.html
珪藻の世界 東京学芸大学青山研究室
http://www.u-gakugei.ac.jp/~mayama/diatoms/Diatom.htm