やわらかサイエンス

ハルなのでハヵルはなし

第23回担当:重廣道子(2005.04)

春になると会社や学校で健康診断を受診するようにといった案内がされます。健康診断では体重計、血圧計、身長計等々さまざまな計器であらゆる項目をはかります。 そんな中で、爪先立ちをして体重計にのったら表示は62.8kgだったのに、かかとをついたら63kgになった。。。といったことが起きたりします。


一体、どちらの値が正しいのでしょうか?


爪先立ちをしてもかかとをついても、実際には体重は変わっていないはずですから、この表示される値の違いは、体重計自体に起因するもの、あるいは体重計の使い方に起因するものであると考えられるでしょう。正しい値を示す計器があったとしても、使い方を間違えると正しい値は表示されません。例えば、はかりが平衡ではなく傾いた面に置いてある場合、表示される値は正しいものではありません。湿度やエアコンの風さえ、計測値にその影響を及ぼすこともあります。


では、表示されている63kgは本当に63kgなのでしょうか?一体1kgの基準はどこにあるのでしょうか?


質量の単位、キログラムは、現在使用されている単位の中で、唯一、普遍的物理量で表されていない単位です。例えば、1メートルは、真空中を光が1/299,792,458秒の間に進む距離として定義されています。また、1秒は、セシウムという原子が、「基底状態(最もエネルギーが低い状態)にある二つの超微細準位間の遷移に対応する放射の9,192,631,770周期にかかる時間」1)です。


一方で、キログラムはキログラムとして、その標準となる器=原器にその基準を頼っています。世界のキログラムの標準となる計量器は、「国際キログラム原器」2)と呼ばれ、フランスのパリにある国際度量衡局に保管されています。この原器は、おおよそ白金90%、イリジウム10%から成る合金で出来ており、直径39mm、高さ39mmの円柱形をしています。この円柱形の重さを1kgと定めています。この原器を世界のあちこちに持ち出すのは不便ですので、これと同形状・同材質の原器が40個作られ、世界各国に配られました。日本もその一つを受け、現在、産業技術総合研究所に保管されています。これは「日本国キログラム原器」と呼ばれ、日本の重さの基準となっています。原器を基に作られた計器が示す1kgは、基準となる1kgに限りなく近い値であるはずです。


では、計器は永遠に同じ値を示しつづけるのでしょうか?あるはかりを使って国際キログラム原器をはかった場合、今日も明日も10年後も、その表示は1kgのままでしょうか?


一般的に、計器には環境の変化、時間の経過等に伴い、誤差が生じます。そのため、較正という作業が欠かせないのです。また、定義に用いられている物理量にも変化が生じるはずです。少し私の好きな地科学を絡めて話をしたいと思いますので、方位と磁気コンパスの較正をとりあげてみましょう。


コンパスの指す北は、10年、100年を通じて常に同じ方向を指しているわけではありません。さらに、コンパスのN極が示す0°(360°)=北は、実際には本当の北ではありません。コンパスは、地球がもつ磁石としての性質を利用しており、地球自体がN極とS極を作り出しています。N極とS極は、同極同士では反発しあい、異極同士でひきつけあいます。つまり、コンパスのN極は、地球が作り出す磁石のS極を指しているのです。


迷うペンギン コンパス

このコンパスが示す方位を「磁気方位」と呼びます。一方で、地球の自転軸は、北極と南極を結んだ線であり、我々はこの軸の端をそれぞれ真北、真南と呼んでいます。この方位は「真方位」と呼ばれます。真方位は変化しませんが、地磁気は地球内部(マントルの対流など)・外部の活動により、常に変化しています(S極とN極が反転したという記録も残っています!)。そのため、自転軸と磁極の位置にずれが表れ、真方位と磁気方位の示す北には偏差が生じます。方位磁石の示す北と真北の差は偏角と呼ばれ、例えば過去400年で、偏角は10°以上変化しているそうです3)。偏角は時により変化するばかりでなく、地球の各地点で大きさが異なります。一般的なコンパスを使っている場合、この偏角を用いて計算をし、真の北あるいは方位を求めます。偏角の情報は、国土地理院発行の地図やウェブサイトから得ることが出来ます4)。この計算の手間と混乱を避けるため、中には、偏角を取り込む調整機能がついたコンパスが出ており、随分便利になっています。


南極を見つけたペンギン コンパス

はかるということは、我々の生活で身近な活動であるため、ごく単純かつ簡単なことであると認識されがちですが、本当に正しくはかるということは大変難しいことです。そもそも基準自体人間が定義したものであり、その定義に使われた物理量・原器も永遠に変化しないとはいえません。したがって、いわゆる「真の値」を求めることは不可能です。そこで、いかに表示値が精確であるかという事は、値のばらつきなどの「不確かさ」によって表現されています。例えば、1kgは、1±0.1 kgあるいは1±0.00001kgといった具合に、ずれ、ばらつきで表しています。今日発展が目覚しいナノテクノロジーの研究・開発では、1×10-9(0.000000001)mのサイズのターゲットを追い求めています5)。このミクロの世界においては、ばらつきで一桁、二桁簡単に動いてしまい、それが致命的なミスとなり得るでしょう。


ミスをつくるのも無くすのも人間の手によります。科学技術の発展に伴い測定器もその精度を増していますが、最終的にその機器を使用するのは人間です。いくら最新の技術を融合させて開発された測定器が存在しても、較正をしていない、あるいは誤った使い方をしては、その技術さえも無意味となります。「はかる」という作業は単調になりがちなため、「ついうっかり。。。」といったことが発生しやすい過程です。しかし、分析・解析・開発等々のあらゆる基礎となる「はかる」という作業で発生する「うっかり」は、引き続いて行われる作業全体の信頼性に影響を与えます。と考えると、はかることは大変責任が重い作業ですね。もちろん、全ての測定において、1×10-9というレンジでばらつきを求める必要はありません。あまりに小さい数値は、「ノイズ」と呼ばれ削除されることもあります。はかる目的を考え、その目的にふさわしい精度を得るためにどのようにはかるべきか考え、測定器を使ってはかってみて下さい。




参考資料
1)秒の定義について
  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A7%92
  http://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2003/pr20030609/pr20030609.html
2)キログラム原器について
  http://www.aist.go.jp/aist_j/museum/keisoku/hakari/hakari.html
3)地球の作り出す磁気について
  http://vldb.gsi.go.jp/sokuchi/geomag/gmag_what.html
4)磁気偏角一覧
  http://vldb.gsi.go.jp/sokuchi/geomag/survey/henkakuitiran.html
5)ナノテクノロジーとは
  http://www.nanonet.go.jp/japanese/nano/