
深海に住む生き物たち
地球表面積の約70%は海で占められています。その海のうちの75%は水深1000mを超える深い部分から構成されています。その太陽の光さえ届かないその領域に果たして生物は存在するのでしょうか?今回のやわらかサイエンスでは,この「深海に住む生き物たち」をテーマにお送りいたします。
つい最近,地球上で最も深い太平洋マリアナ海溝の水深約1万896メートルの海底から,新種の微生物を採取することに成功したと海洋研究開発機構などの研究チームが2005年2月4日発行の米科学誌「サイエンス」に発表しました。その微生物は,単細胞生物の「有孔虫」という生物で同機構の無人探査機「かいこう」が採取した泥に含まれていました。
この「有孔虫」という生物は,どのような生き物なのでしょうか?有孔虫の大きさは0.5mm位,単細胞生物で人間と同じ,細胞に核を持つ真核生物の仲間であり,主に海に生息し多くは石灰質や膠着質の硬い殻に覆われています。この有孔虫ですが,もしかしたら,皆さんも見たことがあるかもしれません。実は,よく南西諸島の砂浜などでお土産屋さんに並んでいる「星砂」が有孔虫なのです。原生だけではなく,化石として地層中にも,多く認められ,殻を用いて水温などが推定でき,生きていた当時の海の環境を示す指標となっています。

世界最深のマリアナ海溝で見つかった新種の有孔虫の一部(棒線は0.05ミリ)。
ただし,今回新種として発見された有孔虫は,上記に述べた特徴とは違い,殻が有機質で柔らかく,細菌を共生させるための特殊な器官が体内に見られました。
今回,新種が見つかった調査地点は水温セ氏2度,水圧1100気圧で,光が届かず栄養分も極めて少ない環境下にあります。この新種の有孔虫は,体内にバクテリアを共生させ栄養分を得ていることにより,この深海の極限的な環境に適応しているのです。また,外敵が住めない環境下であり,硬い殻は不要であることも考えられています。この柔らかい殻を持った有孔虫は,遺伝子解析の結果,普通の海底で見られる複雑な殻形態をした殻を持つグループとは約8~10億年前に遺伝的に分岐したと考えられています。
このように,我々人間とは異なり独自の方法で栄養分を得ることによりたくましく生きている深海の生物は他にも確認されております。その例を紹介しましょう。シロウリガイやチューブワームという生物は,熱水噴出域や海底活断層など地球上で活発な場所に生息しています。この熱水噴出域や海底活断層という場所は,彼らにとって生きていくために非常に重要な条件となります。そのわけは,熱水噴出域では,多くの硫化水素が含まれており,彼らはこの硫黄を酸化するときに出るエネルギーを使って有機物を作る硫黄酸化細菌が体内で働くことによって栄養分を得ています。また,海底活断層域では冷湧水となってしみ出ているメタンを用いて栄養分を得ています。この冷水依存生物群集の発見は,生物そのものの発見だけではなく海底活断層の位置を知る指標となることがわかっています。
このような生物たちを見ると,生物のたくましさを痛感せざるを得ません。人間にとって極限環境とされている場所には,まだ未知なる生物が存在している可能性があり,彼らにとっては快適な環境なのかもしれません。
■海洋研究開発機構ホームページ http://www.jamstec.go.jp/jamstec-j/PR/0502/0202/
■堀田 宏:ポピュラー・サイエンス215深海に挑む,裳華房,1999,173p