やわらかサイエンス

雪虫が教えてくれること

第18回担当:秋山 克(2004.11)

もう冬はそこまで来ています。みなさんは「雪虫」という言葉を聞いたことはありますか?雪虫は冬の季語でもあります。文字通り虫の呼び名なのですが、北海道では雪虫が飛ぶと一、二週間後には雪が降ると言われています。私も、雪が舞うように雪虫が飛んだあと、実際に雪が降ったことに感動したのを覚えています。雪虫はどのように冬の訪れを感じているのでしょうか?今回のやわらかサイエンスでは、昆虫や植物が季節の変化を感じるメカニズムの一端を垣間見てみようと思います。


雪虫

雪虫の正式名称はトドノネオオワタムシといい、体が白い綿で覆われたアブラムシの仲間です(※1)。樹木の根から吸汁する害虫とされています。春にモクセイ科のヤチダモやアオダモなどに寄生し、夏から秋にかけてトドマツの根につきます。晩秋には再びモクセイ科の樹木に戻っていきます。雪虫は体長が数mm程度で、体を覆う綿のために強風の日には飛ぶことができません。そのため移動性高気圧に覆われて風が弱くなった時を見計らって雪虫がトドマツから飛び始めるのです。高気圧が通り過ぎた後には強い冬型の気圧配置となり雪が降りやすくなる、こういったことから「雪虫が飛ぶと雪が降る」と言われるのでしょう。ただ、雪虫が季節を感じるメカニズムについてはまだまだ謎が多いようです。温度変化や日の長さの変化、あるいは雪虫の餌となるトドマツ樹液の成分の変化も関係するのではないかとも言われています


昆虫は、ヒトのように体温を自分で保つことができない変温動物です。雪虫が季節によって住むところを変えるように、昆虫の多くは季節を感じ、生き延びるためにその行動や形態を変えていくのです。多くの昆虫にとって、冬は成長や繁殖に不都合な時期となり、彼らは「休眠」という手段によってやりすごします。これまでの研究から、多くの昆虫がこの休眠に入るかどうかを日の長さによって決定していることが知られています。これを光周性といいます。彼らはどのように光や日の長さを感知しているのでしょうか?


昆虫時計           光周性

上の図に示しましたように、光周性には、光を受け止める器官、日の長さを測定する時計、そしてそれらに伴う体や行動の変化、というメカニズムが必要となります(※2)。


ヒトは目によって光の情報を集めます。昆虫も、その目である複眼が働いています。それ以外にも、ある種のガでは、脳を取り出して培養した実験で、脳自体が光の周期を感じていることが示されたのです。また、ヒトが目で光を受け止める時には、ロドプシンという物質が重要な役割を果たしているのですが、ロドプシンと似たタンパク質がガの脳に存在することが示され、脳で光を感じている可能性が示唆されています。


光を感じるだけでは、単に刺激を受けているだけにすぎません。日の長さを測る昆虫の生物時計にはどんなものがあるでしょうか。昆虫の生物時計には、その休眠パターンの研究から概日(がいじつ)時計と砂時計の2種類の方式を持つと考えられています。概日時計とは、ヒトも持っているサーカディアンリズムのことで、太陽の動きに合わせた24時間サイクルの時計をいいます。一方砂時計型は周期性とは関係なく、たとえ24時間の倍数であろうとなかろうと夜の長さがどれくらいあるかを計る方式をとります。
さらに、キイロショウジョウバエの研究から、ハエの体内の生物時計に関連する遺伝子やタンパク質が発見され、生物時計の大本にある量的変動のメカニズムのDNAレベルでの解明が進展しています。


そのようにして光の変化を感知し、そのリズムを認識した昆虫たちは、脳から指令を出し、分泌された「ホルモン」によって体中に情報が伝達され、その結果として休眠や脱皮・変態が誘導されるのです。
また、昆虫種によっては水銀処理や酸素欠乏などのストレスを与えると人為的に休眠を覚ますことができると言われています。温度や日の長さのみならず、環境からの様々なシグナルを鋭敏に受け取り、昆虫たちは生活活動を営んでいるのです。もちろんこれらのメカニズムについての研究は途上にあり、今後詳細に昆虫の生態が明らかになっていくでしょう。


菊

では植物ではどうでしょうか?
野に咲く草花の多くは、一年のうち特定の季節にその花を咲かせます。つまり、季節の移り変わりを感じる仕組みが植物にも備わっているのです。植物は日の長さと温度の変化によって、季節の移り変わりを感知しています。
春は色とりどりの花が咲き誇る季節ですね。それらの多くは、冬に低温にさらされたのち、春になって日が長くなることによって花を咲かせます。花は、その子孫を残すためにおしべの花粉をめしべにつけて、種子を作らなければなりません。自ら動くことができない植物は、その仕事を昆虫たちに任せるのです。つまり、春に色とりどりの花を咲かせる植物は、昆虫たちが活発に活動を始める時期に花を咲かせるという生存戦略を選んだのです。


目を花屋さんに向けてみましょう。お盆やお彼岸ほか、一年を通して花を買い求めることができる花として、キクがあります(※3)。キクは切り花用としてその生産量が最も多い花です。実はキクの花は、夜の長さ、つまり暗期が、ある一定時間よりも長く続いたときに花を作るのです(これを短日性といいます)。キクの産地では、自然の日長条件では花を咲かすことができない時期には遮光して人工的に夜を作ります。逆に花を咲かせないようにするためには、夜に電灯照明をつけて人工的に昼間を作ります。これに温度条件なども調節して通年の生産・出荷を可能にしているわけです。


現在では花に限らず、環境条件を人為的にコントロールして野菜栽培が行われ、また魚などの養殖も盛んに行われています。それだけではなく、保存や輸送技術の発達、海外からの輸入もあり、季節を問わずさまざまな食材を手に入れられるようになりました。
わたしたちの暮らしはどうでしょう。コンビニは24時間開店し、TVもほぼ24時間放映されるなど、人々の生活スタイルの多様化に合わせるようにとても便利になりました。


今年の6月、川村学園女子大の斉藤哲瑯教授により衝撃的な調査結果が報告されました(※4)。「日の出・日の入りを1回も見たことがない」と答えた子供が約52%にも上ったのです。別に日の出を見たことがないからと言って、何かがすぐに問題になるわけではありません。しかし、わたしたちは快適な暮らしを手に入れた一方で、24時間煌々と光にさらされ、空調の効いた室内環境に閉じこもってしまいがちになり、季節感も一日の移ろいを感じる感性さえも失いつつあるのかも知れません。


雪虫はその小さな体で、わたしたちが忘れつつある「感性」を、懸命に教えてくれている気がします。


【 追記 】
今年、私の住む北海道幌延町でも、雪虫が多く飛んだ日から一週間程度で平野部にも雪が降りました。




参考資料
※1 http://www.hfri.bibai.hokkaido.jp/konchu/data/kamemusi/abura/todonone/kaisetu.htm
※2 田中誠二・檜垣守男・小滝豊美編著:休眠の昆虫学-季節適応の謎-、東海大学出版会、2004
※3 http://mytown.asahi.com/kagawa/news01.asp?kiji=6851
※4 http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/news/20040815k0000m040133000c.html