コラム

ニューラルネットワークを使った波形の分別

問題解決のヒント/第9回担当:里 優(2015.12)


地震計(強震計)を用いて地震時の加速度データを記録する際に、加速度がある閾値を超えたことを条件に記録を開始する方法があります。この方法では、設置場所によっては車や電車などが原因の振動により加速度が閾値を超えてしまい、地震ではない振動(加速度波形)を大量に記録してしまう恐れがあります。また、電気的なノイズや断線や短絡により、見かけ上加速度が閾値を超えてしまうことが考えられます。今回は、これらの記録の中から、処理すべき振動データを自動的に取り出す方法を考えます。


考案した方法は、振動波形をパターンとして認識しやすい形状に変換し、ニューラルネットワークによってパターン認識を行い、適切な振動波形を抽出するものです。


ニューラルネットワークの詳細な説明は文献1)に譲ることとし、ここでは文献を参考に概要を説明します。ニューラルネットワークは、ユニットと呼ばれる部品と、これを結ぶリンクと呼ばれる部品で構成されます。


図-1 ニューラルネットワークの概念
図-1 ニューラルネットワークの概念1)

ユニットは多層構造をしており、値が入力される入力ユニット層と結果を出力する出力ユニット層、およびこれらの問に設置する、任意個数の隠れユニット層から構成されています。ユニットどうしはリンクで結ばれますが、リンクは次の層へ向かう方向で値が伝達され、次の層では前の層からのリンクの分だけ値が加算されます。あるユニットから次の層に向けて張られたリンクでは、各リンクで受け渡される値に重み付けがされます。この重みは、入力ユニットで与えた値の組が、出力ユニットで意味のある値の組となるように計算し設定されます。このリンクの重みを定める作業を学習と呼び、入力ユニットと出力ユニットの意味のある組み合わせを教師データと呼びます。


例えば、図-1に示すような5×7の升目を持つパターンを考えます。升目の黒い部分を1、白い部分を0として、左上から右下へ値を並べていくと、35個の入力ユニットに対する値の組が得られます。出力ユニットは4つで、パターン1であれば1,0,0,0、パターン2であれば0,1,0,0などの値となるように、ニューラルネットワークを構成し学習させ、リンクの重みを定めておきます。


図-2 教師データとしての典型的なパターン
図-2 教師データとしての典型的なパターン1)

学習が終わったニューラルネットワークに、図-2に示すようなパターンをそれぞれ入力して得られた、出力層の4つのユニットの値が図-3です。それぞれのパターンが学習した4つのパターンとどの程度類似しているかが、出力層の値として得られます。例えば、この値が0.9を超えるものが学習したパターンに合致すると判断するわけです。


図-3 入力したパターン
図-3 入力したパターン1)

図-4 ニューラルネットによる類似度の評価
図-4 ニューラルネットによる類似度の評価1)

ニューラルネットワークでは、学習には多少計算時間を要しますが、類似度の判定は一瞬で可能です。このようなニューラルネットを使ったパターン認識を、振動データの分別に用いることを考えます。このためには、得られた加速度波形データをパターン化して、教師データを作成する必要があります。これは、次のようにして行いました。


教師データとしたい加速度波形データは、まず、最大・最小値で正規化したのち、加速度領域をn個に分割して、それぞれの領域に入っているデータの個数を求めます。次に、データ個数の対数をとった値を、これも最大値で正規化した後に棒グラフに書きます。棒グラフもm分割し、棒が分割した升目に入っている場合にはこれを塗りつぶす方法で、n×mの升目のパターンを構築します(図-5)。


図-5 記録すべき振動と見なす教師データ
図-5 記録すべき振動と見なす教師データ

図-5が記録すべき振動と見なすための教師データです。ここでは、9×10の升目を仮定しました。図-6は、打撃や車による振動などのように、短い時間で収束する振動のための教師データ、図-7は電車による振動や電気ノイズ、図-8はパルス状の電気ノイズ、図-9は断線や振り切れの場合のそれぞれ教師データです。これらを用いてニューラルネットワークを学習させておき、図-5にいちばん近いと判断された加速度波形データを分析の対象とします。


図-6 打撃や車などによる振動と見なす教師データ
図-6 打撃や車などによる振動と見なす教師データ

図-7 電車による振動や電気ノイズと見なす教師データ
図-7 電車による振動や電気ノイズと見なす教師データ

図-8 パルス状の電気ノイズと見なす教師データ
図-8 パルス状の電気ノイズと見なす教師データ

図-9 断線や振り切れと見なす教師データ
図-9 断線や振り切れと見なす教師データ

地層科学研究所では、超小型震動計測システムGeo-Stickを使った、構造物の診断サービスをご提供することを計画しています。このときも、必要な振動データのみを分析の対象として報告できるよう、本手法を適用する予定です。




参考文献
1) 安西祐一郎:認識と学習,岩波講座ソフトウェア科学16,岩波書店.