コラム

中小地震時の震動から大地震時の影響を推定する

問題解決のヒント/第7回担当:里 優(2015.10)


様々な構造物の地震時における安全性を評価する際には、想定される震源断層などの情報をもとに地震動を作成し、これを地盤や構造モデルに加えて設計上の地震力を求め、設計上の耐力と比較します。この方法では、情報収集や適切なモデルの構築、あるいは数値解析などに多大な労力を要することから、あらゆる構造物の安全性評価に適用するには無理があります。一方、近年の電子技術の発展により、Geo-Stickのように小型で性能のよい地震計が製造されるようになり、場所を問わず震動計測が可能となってきています。そこで、構造物に設置された地震計で計測された、中小地震時の実測データに基づいて、想定地震時における構造物の安全性を評価する手法を検討しました1)


考案した手法は、距離減衰式を用いたものです(特許第5791680号)。距離減衰式とは、これまで経験した多数の地震動から得られた回帰式であり、震源となった断層までの距離とマグニチュードの関数として、工学的基盤における最大加速度や最大速度が求められます。いわば、震源断層から任意の距離にある場所での、「平均的な」地震動が求められます。この距離減衰式に、地震計が設置された構造物の場所と震源断層との距離や、これを震源とする地震のマグニチュードを入力すれば、地震計が設置された場所での、工学的基盤における平均的な地震動を推定することができます。


仮に、ある構造物に設置された地震計で、ある地震により引き起こされた最大加速度が計測されたとします。この地震の震源とマグニチュードからは、距離減衰式に基づき、構造物がある地点(工学的基盤)での最大加速度が求まり、これと構造物で計測された最大加速度との「比率」を求めることができます。一方、この構造物への影響が懸念される震源断層による地震で、この構造物がある地点に生ずる最大加速度は、構造物と震源断層との距離と想定されるマグニチュードより、距離減衰式から推定することができます。この最大加速度に、先ほど求めた「比率」を乗ずれば、震源断層による地震によりこの構造物に生ずる最大加速度が推定できます。


具体的には、次のような手法により、想定される震源断層で発生した地震によって、地震計が設置された場所(以下、計測地点と呼ぶ)で生ずる最大加速度を推定することとしました。


  • (1)地震が発生し、計測地点に設置した地震計により加速度波形が計測され最大加速度が求まります。これを「計測最大加速度」と呼ぶこととします。
  • (2)次に、震源の深さD、マグニチュードMより、距離減衰式を用いて計測地点での最大加速度を求め、これを「理論最大加速度」と呼ぶこととします。距離減衰式には、次式に示した司、翠川2)の回帰式を準用します。式中のXは断層最短距離ですが、震源距離(計測地点と震源との距離)で代用します。また、マグニチュードは気象庁マグニチュードを用いることとしました。

    司、翠川の回帰式

    図-1 用いた距離減衰式に基づく理論最大加速度と震源距離の関係(D=5km)
    図-1 用いた距離減衰式に基づく理論最大加速度と震源距離の関係(D=5km)

  • (3)理論最大加速度を横軸に、計測最大加速度を縦軸にして、得られた値をグラフ上にプロットします。
  • (4)地震が発生する度にこの操作を繰り返し、相関図を得ます。
  • (5)原点を通る直線回帰式により、理論最大加速度と計測最大加速度の比率を表す係数を求めます。
  • (6)計測地点で想定されている震源断層について、推定マグニチュードと計測地点までの最短距離を求め、距離減衰式を用いて理論最大加速度を求めます。
  • (7)これに求められた比率を乗じた値を、震源断層による地震発生時の最大加速度とします。
  • (8)これと設計上の最大加速度との比較により、地震時の安全性を評価します。

本評価手法の妥当性を、独立行政法人防災科学技術研究所が運用するK-NET(全国強震観測網)のデータを用いて検討しました。K-NETでは、自由地盤上に設置された地震計で計測が行われていますが、このうち幾つかの地点を選び、これらを自ら地震計を設置した計測地点と仮定し、計測された強震記録について、(2)から(5)までの作業を行いました。作業の結果得られた相関図と回帰式および決定係数R2(相関係数の二乗に相当)を図-2に示します。それぞれの地点において、ばらつきはあるものの理論最大加速度と計測最大加速度には相関が認められます。また、回帰直線の傾きを表す係数はそれぞれの地点で異なっていることがわかります。


図-2 相馬(FKS001)の相関図(左)と藤沢(KNG007)の相関図(右)
図-2 相馬(FKS001)の相関図(左)と藤沢(KNG007)の相関図(右)

次に、想定震源断層による地震発生時の最大加速度の値を、この回帰式により推定可能であるかについて検討しました。選定した地点における計測データのうち、大地震時のものを除く、比較的小さな加速度が計測された地震時(中小地震時)のデータを用い、理論最大加速度と計測最大加速度の相関図を描き回帰式を求めました。これを、想定震源断層以外の震源により計測されたデータによる回帰式と仮定しました。次に、想定震源断層による地震の代わりに、大地震時の震源距離、マグニチュードを用い理論最大加速度を求め、このときの計測最大加速度にしたがって相関図上にプロットしました。仮に、考案した手法が妥当なものであれば、大地震時のデータは回帰直線の近傍にプロットされるはずです。


検討結果の幾つかを、以下の図に示します。なお、図では左側に大地震時のデータを除いた中小地震時での相関図を、また右側に大地震時のデータを加えた相関図を示します。右側の図では、太い実線として大地震時のデータを除いた場合の回帰直線を、灰色の実線として回帰直線の傾きを表す係数を2倍した場合の直線を示しています。大地震時のプロットは、回帰直線と係数2倍の回帰直線までの範囲に入っており、考案した手法が妥当であることを示唆しています。


図-3 鳥取県西部地震における日南(TTR009)の相関図
図-3 鳥取県西部地震における日南(TTR009)の相関図

図-4 新潟県中越地震における小千谷(NIG019)の相関図(データ数 462)
図-4 新潟県中越地震における小千谷(NIG019)の相関図(データ数 462)

本手法では、建物の床や天井、ダムや堤防・護岸、橋梁やトンネルなどの社会インフラに設置された地震計のデータを用いて、大地震時における最大加速度の目安を得ることができます。今後は、Geo-Stickを用いた計測を実施し、本手法の妥当性の検証を続ける予定です。




参考文献
1) 里優,鶴岡大和:距離減衰式と実測加速度を用いた想定地震時における加速度の推定方法,第14回日本地震工学シンポジウム,2014.
2) 司宏俊,翠川三郎:断層タイプ及び地盤条件を考慮した最大加速度・最大速度の距離減衰式,日本建築学会構造系論文集,第523号,1999,pp.63-70.