
ナノラジアンの精度を持つ傾斜計
高レベル放射性廃棄物の地層処分では、地下の処分坑道の掘削や再冠水が地下水流れに及ぼす影響を観測し、これが想定どおりであることを確認することが望まれます。このためには、地表から処分坑道周辺へ複数のボーリングを行い、間隙水圧分布の変化をモニタリングする方法が考えられます。しかし、この方法ではボーリング孔自体が弱部となり、地層の包蔵性を損なう危険性があります。
このような場合に、ボーリング孔を設置せずにどうやって地下水の状況を把握できるでしょうか。
これには、地表面の変形、特に地表面の傾斜を精密に測定し、地下の間隙水圧分布の変化を捉える方法が考えられます。これは、間隙水圧変化が地盤の変形を引き起こす性質を使った方法です。
地下で坑道の掘削など地下水流れに影響を及ぼす行為が無い場合には、地表面の変形は大気圧変化や潮汐による表面力や物体力の変化に起因します。また、降雨により地下水位が変化すれば地表面も変形します。ただし、地震や火山、地殻変動の影響は除きます。大気圧変化や潮汐、降雨による地下水位の変化は、幅広い領域でほぼ均等に発生すると考えられることから、1kmの範囲程度の地表面はほぼ均等に上下動すると推測できます。一方、処分坑道の掘削などが行われた場合には、狭い範囲で地下水の流れが変化し、不均一に間隙水圧分布が変化します。このため、坑道の掘削などが行われた付近の地表では、地表面の上下動が不均一となり「傾斜」が生じます。
図-1は、立坑が掘削された場合の地盤の変形と地下水の流速分布を、変形と地下水流れの連成解析により予測した結果です。解析は軸対称で行っており、モデルの左側が対称軸です。地下水が立坑内に流出すると立坑近傍の間隙水圧は低下し、立坑近傍の地盤は圧密変形をして地表面は沈下します。この影響は立坑から離れるほど小さくなり、結果として地表面は傾斜します。

図-1 立坑掘削時の変形(左)と地下水の流速(右)分布
この傾斜の変化を計測し、予測解析結果と比較したり逆解析を行うことで、地下の間隙水圧分布の変化を推定することができるわけです。この方法の妥当性は、国立研究開発法人日本原子力研究開発機構が実施している、幌延の地下研究施設の建設時の計測により立証されました。詳細は、参考文献をご覧ください。ここで使われたのが、ナノラジアンの精度を持つ傾斜計(ピナクル社製)です(図-2)。地表からのボーリング孔内に設置しますが、けい砂で固定するために、メンテナンスが必要であれば取り出すことができます。長期のモニタリングに適した構造となっています。

図-2 左から傾斜計本体、設置方法の例、設置例
この傾斜計を使った地表面の計測は、例えば地下の地層内で地下水を加圧するような場合にも応用できます。CO2を地下の帯水層(貯留層)に封じ込める地中貯留プロジェクトがその典型です。では、このような場合に地表面の傾斜はどの程度となるのでしょうか。地層モデルと物性を仮定して、先ほどと同じ連成解析により計算してみましょう。ただし、圧力変化のみに注目するので、注入するのは水とします。
仮定したモデルを図-3に示します。先の解析と同様に軸対象モデルです。地表から深さ1,000mの位置に存在する幅50mの層を貯留層とし、この層にボーリング孔(対称軸)から水を圧入することにします。岩盤は水で飽和しており、間隙水圧は静水圧分布をしていると仮定します。貯留層の間隙水圧は約10MPaですが、この1/100である0.1MPaの圧力を増加させ水を圧入します。貯留層を挟む岩盤は、ヤング率1,000MPaの高い剛性と10-10m/sの低い透水性を持つものとします。貯留層は、ヤング率500MPaで10-6m/sの比較的高い透水性を持つと仮定します。

図-3 仮定した地層モデルと物性値
解析結果を図-4と図-5に示します。水が貯留層の岩盤を押し開き、この影響が地表まで達していることがわかります。ただし、地下1,000mの、非常に硬い岩盤に挟まれた幅50mの地層に、わずか0.1MPaの圧力増分で水を注入するというきびしい想定で、地表面の変形は1mm以下となります。しかし、これを傾斜で見ると100nRのオーダーとなることから、この傾斜計では充分計測が可能であることがわかります。地表面で傾斜が計測されたならば、解析結果との比較のもとで地下の間隙水圧分布や地下水流れの状況が推測できます。
これまで示したように、地下の狭い範囲で生じた間隙水圧の変化は地表面に傾斜をもたらします。これを本傾斜計で精密に計測することで、ボーリングなどで地下を乱すことなく、地下水流れの変化を推測するための情報を得ることができます。

図-4 100日後の解析結果(左:変位分布、右:間隙水圧増分(単位:MPa))

図-5 100日後の解析結果(左:地表面変位分布、右:地表面傾斜分布)
1) 井尻裕二,羽出山吉裕,名合牧人,里優,菅原健太郎:高精度傾斜計による応力-水連成岩盤挙動のモニタリング,土木学会第65回年次学術講演会(平成22年9月)講演概要集,2010.
2) 羽出山吉裕,井尻裕二,名合牧人,亀村勝美,里優,佐ノ木哲,國丸貴紀:立坑掘削に伴う岩盤挙動に関する高精度傾斜計測結果と弾性解析の比較,土木学会第63回年次学術講演会(平成20年9月)講演概要集,2008.
3) 井尻裕二,羽出山吉裕,名合牧人,亀村勝美,里優,佐ノ木哲,國丸貴紀:幌延深地層研究所施設工事における高精度傾斜計データの分析,土木学会第63回年次学術講演会(平成20年9月)講演概要集,2008.