コラム

降雨に対する間隙水圧変化の予測

自然災害から生活を守る/第5回担当:里 優(2013.01)


降雨などによる間隙水圧の上昇が、斜面の安定性に大きな影響を及ぼすことはこれまで示してきたとおりです。ただし、降雨に対する間隙水圧の上昇度合いを予測するためには、地盤の透水性や水分保持特性を調査する必要があり、これを広大な範囲で行うには限界があります。


これら地盤の水理特性を調査することなく、降雨に対する間隙水圧の応答を予測する手法があります。いわゆる逆解析を用いる手法です。一つはタンクモデルで代表される概念モデルを用いるものであり、もう一つは有限要素法などによる逆解析によって地盤の水理特性の分布を求め、降雨の影響を予測する手法です。


今回は、概念モデルのうち、タンクモデルではなく多変量自己回帰(MAR)モデルを用いる方法をご紹介いたします。

タンクモデルもMARモデルも、降雨に対する間隙水圧あるいは地下水位の応答を関数や多項式で表現し、この中に現れる係数を実測に基づいて同定するものです。このため、有限要素法などを用いる方法に比べ、式や係数の持つ物理的な意味合いが曖昧ではありますが、計算が比較的簡単で即座に答えを得ることができます。また、例えばボーリング孔1本での観測結果だけから、降雨による地下水位変化を予測する、といったことが可能となります。


ここで紹介するMARモデルは制御型と呼ばれ、地下水位の変動が地下水位自身の自己相関と、他の因子、例えば降雨や温度、気圧などとの相互相関から成り立っている、と考えるものです。降雨と地下水位の関係では、地下水位は次のような多項式で表されます。


数式1

Yは地下水位、Xは降雨量、εは誤差であり、aとbは係数、jが時間のラグ数になります。すなわち、地下水位は記号時間前からの地下水位変動の影響と、k時間前からの降雨量の影響の和として表されています。


まず、実測データに基づき、実際の地下水位変動と降雨変動を最もよく表現できる係数aとbを求めます。求める方法には、最小二乗法やカルマンフィルタを用いる方法等、様々な手法が提案されています。次に、求まった係数を用い、前式に降雨のデータを入力することで、降雨に伴う地下水位変動を予測できるようになります。実際のデータを用いて、実測値と予測値を比較した例を図-1に示します。もし、ある時期のデータをもとに求めた係数によって予測した結果と、実測結果に開きが生じている場合には、地盤の水理特性や構造の変化が生じていることが推測されます。


図-1 MARモデルを用いた地下水位変動の予測
図-1 MARモデルを用いた地下水位変動の予測

例えば、地すべり面の形成や移動、トンネル掘削の影響などが懸念されます。さらに、地下水位と間隙水圧の関係が推定できれば、例えば斜面法尻部における有効応力の状態を推測することができ、最終的には、降雨の状態から斜面の安定性を評価することもできるようになります。


仮に、複数のボーリング孔で地下水位を観測していれば、降雨に伴う地下水位の変動の予測に加え、地下水面の変動を予測することもできます。図-2は、Geo-Graphia®のクリギング機能を用いて、地下水面を推定した例です。地下水面の形状の変化も、先に述べたとおり斜面の安定性評価などに役立つと考えます。


図-2 地下水位データによる地下水面の推定
図-2 地下水位データによる地下水面の推定

このように、MARモデルによって降雨に伴う地下水位変化を表現することにより、降雨データから地下水位変動を予測し、例えば斜面の安定性に影響を及ぼすと考えられる地下水位に達する前に、適切な防災上の措置を講ずるといったことが可能となります。


このためには、地下水位の連続モニタリングが望ましいのですが、これには多くの費用が必要となります。前回ご紹介した無線センサーやインターネット計測を活用し、費用の最小化を図るとともに、できるだけ多くの場所で地下水位の連続モニタリングができるようにしていくことが重要であると考えます。また、MAR解析などを自動で行い斜面の安定性評価を行うような、ソフトウェアによる24時間監視の仕組みを作っていくことが望ましいと考えます。