コラム

有限差分法コードFLAC 第17回 ~模型実験の再現解析よるFLAC3D斜面浸透流解析の妥当性評価~

数値解析/有限差分法編/第17回担当:中川光雄(2012.09)


前回は,降雨による斜面崩壊を連成解析に適用して再現した事例のお話をさせていただきました。この内容を資源素材学会誌1)に発表させていただき,このうち模型実験の再現解析によってFLAC3D浸透流解析の妥当性を評価してみましたので,その内容を紹介します。




室内雨水浸透実験を行うことにより,降雨浸透に伴う地盤内の間隙水圧の発生状況や水圧の時間経過を観察しています。この実験と同じ条件のFLAC3D解析モデルを作成し,FLAC3D解析と実験との比較により,浸透流を考慮した斜面崩壊解析の妥当性をまさ土を使用した実験と比較して検証します。


(1) 室内雨水浸透実験条件


図-1 降雨浸透模型の断面
図-1 降雨浸透模型の断面

図-1に室内雨水浸透実験の実験装置と模型斜面の概要を示します。土槽の奥行きは50cmで,底面と側面は不透水面になっています。人工降雨は農業用スプリンクラーを改良して用い,雨の状態は霧状です。実験での模型斜面は10層前後に分けて各層均一に締固めて作製しています。また,降雨強度は100mm/hです。


(2) 解析の概要


図-2 解析モデルと解析条件
図-2 解析モデルと解析条件

図-2に実験の再現解析モデルを示します。斜面表層,法先の水平面および天端部水平面を排水区間とし,モデルの左側を含め他の境界を不排水面と設定しました。モデル内には6つの水圧計測点を実験と同様の箇所に設け,間隙水圧の発生状況を計測します。


また,降雨強度は実験と同じ100mm/hと設定しました。解析に用いた入力物性値は表-1に示しますが,透水係数は実験値と同じとし,間隙率はまさ土の最適含水比を20%と仮定して簡易的に設定しました。上記の解析条件で応力変形を考慮しない雨水浸透流解析のみを実施し,間隙水圧の発生状況や経時変化を実験と比較することで,FLAC3D解析手法の妥当性を検証します。


表-1 入力物性値
表-1 入力物性値

(3) 解析結果と考察


図-3 間隙水圧分布と流速ベクトル
図-3 間隙水圧分布と流速ベクトル

図-3に経過時間別の間隙水圧の変化を示します。なお,図中のベクトルは浸透流の流速ベクトルを表しています。時間経過とともに間隙水圧の上昇がみられます。さらに時間が経過すると間隙水圧はほぼ定常状態に至ります。


図-4 飽和度と流速ベクトル
図-4 飽和度と流速ベクトル

図-4に経過時間別の飽和度分布を示します。なお,図中のベクトルは図-3と同様に浸透流の流速ベクトルを表しています。時間経過に伴い,法先部分から飽和状態になり,最終的にモデル全体が飽和状態になることがわかります。


図-5 間隙水圧の経時変化比較
図-5 間隙水圧の経時変化比較

図-5に間隙水圧の発生履歴を示します。(a)はFLAC3D解析結果,(b)は室内模型実験の結果です。なお,図中の番号は図-2に示す間隙水圧計測点の番号です。図-5(a)の間隙水圧の発生状況および図-3の流速ベクトルより,法先部分を中心に進行浸透面がモデル底面に達して跳ね返り現象が生じた後に,急激に間隙水圧が上昇していることが確認できます。また,斜面先下部において過剰間隙水圧が発生しています。ここでいう「跳ね返り現象」とは,モデル上部から下方に進行していた浸透面がモデル底面に達した後に上方へ向かって進行し始めることを意味しています。また,「過剰間隙水圧」とは,地下水位が斜面の表面にあると仮定した場合の静水圧よりも大きな間隙水圧を意味しています。


この過剰間隙水圧の発生は,斜面先下部において鉛直方向に流れの成分が存在していることを表しています。過剰間隙水圧は有効上載圧を減少させることとなり,斜面の安定を考える上で問題となります。時間の経過に伴い間隙水圧は増大するが,ある時間からほぼ定常状態に至ります。また,定常状態に至る直前で間隙水圧が急増し,実験と同様の傾向がみられます。


実験では170分前後で定常状態に至りましたが,解析ではこれよりも早いタイミングで定常状態に至りました。一方,一部の測点における間隙水圧の値の順位は解析と実験とで異なっています。これらは,実験で使用した試料の間隙率と解析で設定した間隙率の値が必ずしも完全に一致していないことや,サクションのような実際の現象を解析上で完全に反映されていないことが原因であると考えられます。また,実験は乾燥試料で行っており,浸潤前線の降下に伴う間隙空気の閉塞により間隙空気圧が上昇しますが,解析では間隙空気圧の影響を考慮できていません。


このことも実験と解析の結果の相違に影響していると考えられます。しかし,基盤面で跳ね返り現象が見られることや間隙水圧が定常状態に至る直前に急上昇するなどの特徴は再現することができました。解析結果と実験結果には若干の誤差が見られるものの,定性的な傾向をはじめ定量的にもほぼ同様の傾向を示しており,解析によりモデル内における間隙水圧および浸透流の流れを再現できたと考えます。なお,八木ら2)はFEMによる実験の再現解析を実施していますが,河砂を試料とした実験を対象としているので,本解析とは単純に比較することはできません。ただし,斜面内の間隙水圧の分布については同様な傾向を示すことが確認できました。これらの点において,この再現解析では実験と同等の表現ができたため,斜面内の浸透流解析を行うことは十分可能と考えられます。


(4) FLAC3Dの適用限界


集中豪雨により斜面が崩壊する場合,そのメカニズムとして「跳ね返り現象」と「浸潤前線の降下に伴う間隙空気の閉塞により間隙空気圧の上昇」のどちらのケースが多いでしょうか?不飽和領域における間隙水圧が考慮できないFLAC3Dは集中豪雨により斜面が崩壊するシミュレーションに対して少し役不足な感は否めません。




参考文献
1) 蒋 宇静,田中利典,季 博,杉本知史,中川光雄:応力-浸透流連成解析に基づく斜面崩壊メカニズムの解明と適用,資源・素材学会誌,Vol.128,No.7,pp.463-470,2012.
2) 八木 則男,矢田部 龍一,山本 浩司:雨水浸透による斜面崩壊,土木学会論文集,Vol.330,pp.107,1983年2月