コラム

表層崩壊のメカニズム

自然災害から生活を守る/第4回担当:里 優(2012.04)


前回までに、斜面崩壊の大半は深さ2.5m以下の表層崩壊であることや、崩壊した斜面の角度は20度以上であることを述べてきました。また、変形が継続している斜面では、崩壊までの時間を計測結果に基づき推定することができることを示しました。


では、表層崩壊はどのようなメカニズムによって発生するのでしょうか。今回は、降雨の影響に注目してこのメカニズムを考えてみたいと思います。


最初に、作業仮説を設けます。これは、「降雨によって表層崩壊が誘発されるメカニズムの一つは、法尻部の水位上昇によってこの部分の有効応力が減少して耐力が損なわれ、これが起因となって斜面表層部がすべり崩壊する」というものです。


有効応力とは、地盤内の全応力から間隙水圧を引いた値です。図-1に、有効応力減少による地盤の破壊の概念を示します。これは、直感的には理解しやすいものだと考えます。水位が上昇すると有効応力が減少して、いわゆる拘束圧が減少するために地盤の強度が低下します。法尻部では、ただでさえ拘束圧が小さく、せん断応力が大きい状態のところに、さらに拘束圧が失われることから一軸圧縮応力状態となり、場所によっては有効応力が引張となることが想像できます。このような応力状態では地盤は破壊しやすく、法尻部の耐力が失われます。この結果、斜面では足元をすくわれた形となり、表層崩壊へと発展すると考えられます。


図-1 有効応力の変化による地盤の破壊
図-1 有効応力の変化による地盤の破壊

この作業仮説を、有限要素法による連成解析により検証してみたいと思います。連成解析については、これまでのFeel&Think「数値解析最前線(目次ページ参照)」で何度かご紹介しました。ただし、斜面崩壊の解析を行うためには、地下水が不飽和な状態での地盤の挙動を表現する必要があります。これには、専門的になりますが、飽和度が低下すると地盤の体積剛性が急激に低下するモデルを使うとともに、地盤の透水性に関してVGモデルと呼ばれる定式化を導入しました。
VGモデルでは、不飽和地盤に生ずるサクションφと水の相対透過率(水の透水性を表す物性値)krwが、飽和度Swより次のように求まります。


数式1

ここに、λ、αは実験定数であり、飽和度に関する表示は次のとおりです。
  Se:有効飽和度
  Sr:残留飽和度
  Ss:最大飽和度
 また、間隙水圧と飽和度の関係は次のようになります。


数式3

解析では、まず、力のつり合いよりサクションを含めた間隙水圧分布を計算し、飽和度分布を求めます。これにより定まった剛性や透水係数を用いて地下水の流れを計算し、間隙水圧分布を求め飽和度分布を更新します。これを、間隙水圧が境界条件を満たすまで繰り返し計算し、地盤内の初期間隙水圧分布を定めます。次に、斜面上に降雨を加えて、間隙水圧変化と地盤の変形挙動を解析します。


実際に行った解析をご紹介しましょう。解析モデルと物性値を図-2に示します。また、VGモデルで表される地盤の不飽和特性は図-3に示すとおりです。


図-2 解析モデルと物性値
図-2 解析モデルと物性値

図-3 仮定した不飽和特性
図-3 仮定した不飽和特性

解析では、法尻の高さとほぼ等しい位置に地下水面(間隙水圧0の面)があるとし、その後の降雨によって地下水面がどのように変化し、その結果法面にどのような変形が生ずるかを調べることとしました。先に述べた、繰り返し計算によって定めた初期間隙水圧分布を図-4に示します。


図-4 初期状態と境界条件
図-4 初期状態と境界条件

降雨が継続すると、最初に法尻部で間隙水圧の高い部分が発生します(図-5)。すなわち、法尻部で地下水位が上昇します。その後、間隙水圧の高い部分は、法面に沿うように上昇してきます。法尻の間隙水圧が上昇した部分では、有効応力が減少していきます。法尻部では全応力が変化しないことから、間隙水圧の上昇に伴って有効応力が減少します。この結果、法尻部では膨張変形が観測されます(図-6)。


図-5 降雨に伴う間隙水圧の変化
図-5 降雨に伴う間隙水圧の変化


図-6 法尻部の変形(有効応力の減少とせん断破壊に起因)
図-6 法尻部の変形(有効応力の減少とせん断破壊に起因)

さらに間隙水圧が上昇すると、有効応力で表される応力状態が破壊条件に接近して行き、せん断破壊や引張破壊が発生します。これにより、法尻部の変形がさらに進行します。図-7には、地盤中の最大せん断ひずみ分布の変化を示します。時間経過とともに、法尻部よりせん断ひずみが大きな領域が拡大していくことがわかります。仮に、赤で示している部分の耐力が無くなれば、法面全体の崩壊(表層崩壊)が発生すると考えられます。



図-7 最大せん断ひずみ分布の変化(青→赤で大きな値を示す)
図-7 最大せん断ひずみ分布の変化(青→赤で大きな値を示す)

これまでの検討から、斜面崩壊に結びつく現象として、降雨時などの地下水位の増加と、これに伴う法尻部地盤の有効応力の減少が発生することがわかりました。この結果、法尻部でせん断破壊や引張破壊が発生する場合には、法部全体が破壊する、いわゆる表層崩壊が発生する可能性があることもわかりました。


さて、このような観点からは、法尻部の水位と法尻部の膨張変位を計測して斜面の安定性を評価することが考えられます。これらの現象は法尻部近傍で発生することから、1~2mの浅いボーリング孔を用い、水圧計と変位計を一体に組み合わせた機器を孔内に配することで、これらの計測が可能です。このような装置を廉価に製作できれば、できるだけ多くの斜面に設置して計測することにより、降雨の影響を受けやすい斜面を抽出することに貢献できると考えます。


これまでの経験をもとに、図-8のような計測システムを想像してみました。道路沿いなどの切土や盛土斜面の、簡便なモニタリングとして活用されることを期待します。


図-8 法尻の計測システム
図-8 法尻の計測システム