コラム

表層崩壊までの時間を割り出す

自然災害から生活を守る/第3回担当:里 優(2012.01)


前回では、「傾斜20度以上の斜面はいつかは表層崩壊する」という観点に立って、危険な斜面のスクリーニングを行う方法を述べました。これにより抽出された危険な斜面のうち、崩壊までの時間が短いと判断された斜面に対しては、対策を行う優先度を上げていく必要があります。では、表層崩壊までの時間はどのようにして推定すればよいのでしょうか。


筆者は、大学時代に岩石のクリープ試験を行ったことがあります。三軸圧縮試験装置を用いて円柱形の岩石供試体に一定荷重を加えて放置しておくと、圧縮変形が徐々に進行して行き、加えた荷重が岩石の一軸圧縮強度に近い場合には、破壊してしまいます。この現象はクリープ破壊と呼ばれ、地盤や岩盤工学の分野ではよく知られています。


硬く見える岩石も、荷重を加えたままにしておくと変形して行きいずれは破壊することを目の当たりにし、感動したことを憶えています。時間に対してひずみをプロットしたクリープ曲線(図-1)は、ひずみ速度が徐々に低下していく1次(遷移)クリープ、ひずみ速度がほぼ一定となる2次(定常)クリープ、ひずみ速度が増大し破壊に至る3次(加速)クリープに大別することができます。


図-1 クリープ曲線
図-1 クリープ曲線

旧鉄道技術研究所の斎藤迪孝氏は、土のクリープに関する研究を総合し、1960年代にクリープ破壊に至る時間を予測する方法を提案しています。式を紹介すると、2次クリープ時の定常的なひずみ速度よりクリープ破壊時間を予測するものとして次式が提案されています。


数式1

また、3次クリープ時のクリープ曲線で、適当な2点の時間(t1、t3)とその間でひずみ量がちょうど半分となる時間(t2)を求めて、次式でクリープ破壊時間を予測します。


数式2

これらの式を用いて斜面の崩壊予測を行い、予測に合致した時間に崩壊が生じた事例も数多く紹介されています。斜面のひずみや変位が定期的に測定されていれば、これらの式によって崩壊までの時間を予測し、時間が短いものについて対策を行う優先度を上げていく、という方法論が考えられます。


ただし、スクリーニングの結果得られた危険な斜面の全てに対して計測を実施し、また定期的にデータを回収するには多大な費用と労力を必要とします。このため、計測1点あたりに必要となる費用を最小化する努力が欠かせません。


計測に要する費用は、計測機器、機器の設置、データの回収、データの分析に分けることができます。このそれぞれについてコストダウンの方法を検討してみます。


まず、計測機器とその設置についてです。ここで、この計測の目的が斜面崩壊までの時間を推定することであり、計測の対象は、地すべりがすでに生じており、すべり面などが推定されている斜面とは限らず、切土や盛土斜面、道路や鉄道沿いの自然斜面など、全ての斜面が対象となり得ることに留意していただきたいと思います。すなわち、すべり面までボーリング孔を設置して傾斜計を設置したり、すべり面をまたいで伸縮計を設置することができない場合がほとんどとなります。


このような場合には、斜面の変位を直接測ることが考えられます。方法としては、GPSを設置する、光波距離計やレーダー距離計で一方向の変位を計測することなどが候補となりますが、これらは計測機器やその設置に要する費用が比較的大きいのが難点です。近年開発された方法として、小型無線発信機を斜面に設置し、受信された電波の位相差変化より斜面の変位を求める、電波位相差変位計測技術(図-2)があります。


図-2 電波位相差変位計測の概念
図-2 電波位相差変位計測の概念

この方法では、斜面に設置するものが小型無線発信機のみであり、計測機器も設置についても費用を抑えることができます。また、法尻のひずみを計測する方法も有望であると考えています。


表層崩壊では、崩壊の形状から法尻にひずみが集中することは容易に想像できます。ここに浅いボーリングを行い、ひずみ計を設置して経時変化を観測します。この方法でも、計測機器と設置に要する費用を削減できます。


次に、データの回収とデータの分析です。データの回収を携帯電話回線やインターネットを用いて行うことは、既に多くの斜面で行われています。これによりデータ回収の費用を減ずるだけではなく、連続的にデータを収集し分析することが可能となっています(図-3)。


図-3 インターネット計測の概念
図-3 インターネット計測の概念

計測現場でインターネットに接続されている端末があれば、これより先、数100mの範囲での計測は無線センサーネットワーク(図-4)によってデータの回収ができます。これにより携帯電話などの回線使用料を削減することも可能です。
また、連続的にデータを得ることができれば、データからのノイズ除去や、前述した斎藤氏の式を用いて崩壊時間の予測値を計算するなどの処理を自動的に行っておき、管理者に通知することができます。


図-4 無線センサーの一例
図-4 無線センサーの一例

これまで、危険と判断された斜面で変位やひずみの計測を実施し、斎藤氏の式に基づいて崩壊時間を予測して、対策を講ずる優先順位を決定する、という方法論について説明いたしました。また、計測のコストを下げる方法についてもいくつか提案させていただきました。


計測のコストダウンにより、同じ予算であれば計測できる斜面の数を増やすことができることから、結果として斜面崩壊のリスクを減ずることになるものと考えます。次回は、計測により得られたデータの処理について考えてみたいと思います。



参考文献

・斎藤迪孝:斜面崩壊発生時期の予知に関する研究,鉄道技術研究報告,No.626(施設編第267号),pp.1-pp.53,1968.
・斎藤迪孝:第3次クリープによる斜面崩壊時期の予測,地すべり,vol.4,No.3,pp.1-pp.8,1968.