コラム

全ての斜面はいつかは滑る?

自然災害から生活を守る/第2回担当:里 優(2011.12)


前回は、自然災害において最大規模の想定を行うと、構造物の構築や維持管理に莫大な費用が必要となり、自然災害に対する「対策」ができなくなる、といった自己矛盾が生じること、構造物の損傷が人命や社会活動に及ぼす影響が大きく、かつ復旧に多くの時間を要する箇所に対して、優先的に対策を行うことで、社会的な費用を抑え自己矛盾を回避できることをお話ししました。


では、斜面を対象とした場合に、斜面の崩壊が人命や社会活動に及ぼす影響が大きい箇所をどのように選定していけば良いのでしょうか。これまでの危険な斜面の抽出法では、最初に過去の崩壊事例と崩壊した斜面の形状や地質などとの関係を調べ、これに基づいて統計的な手法により斜面の危険度を評価します。


危険度が高いと判断された場所については、日常の点検を強化し、点検の結果対策が必要と判断された場合には、さらに詳細に調査を行って適切な方法を選定し対策を施します。この方法論では、過去に発生した崩壊の原因を全て特定して、斜面の危険度判定に結び付けることができるのか、統計的な手法では本当に危険な斜面を見過ごしてしまう可能性はないのか、日常の点検で斜面の状態は十分把握できるのか、などの問題点を指摘することができます。

そこで、全ての斜面はいつかは滑る、といった視点から注意すべき斜面を抽出していく方法を考えてみます。


昭和47年から平成9年までのデータを分析してまとめられた「土木研究所資料第3651号 がけ崩れ災害の実態 平成11年7月 建設省河川局砂防部傾斜地保全課 建設省土木研究所砂防部急傾斜地崩壊研究室」によれば、斜面崩壊の大半は深さ2.5m以下の表層崩壊であることや、崩壊した斜面の角度は20度以上であることが示されています。


時間軸と崩壊の原因(地震、豪雨、風化など)をあえて無視して言えば、傾斜20度以上の斜面はいつかは表層崩壊する、と考えることができます。この傾斜20度以上の斜面は全国いたる所にありますが、これらのうち危険な斜面とは何でしょうか。これは、先に述べたとおり、崩壊が発生した場合に人命や社会活動に及ぼす影響が大きい斜面です。これは、次のようにして抽出することができます。


まず、GISなどを用いて20度以上の斜面を全て抽出します。次に、社会生活で重要な構造物、例えば道路、鉄道、住宅密集地、避難所となる場所、電力や通信施設などをこれに重ね、斜面と近い距離にある場合には、その斜面を検討の対象とします。


検討の対象とする斜面が抽出できた後は、それぞれを対象に3次元の表層崩壊のシミュレーションを行い、表層崩壊によって発生した土砂や岩塊が到達する範囲を推定します。この範囲内に重要な構造物が入っている場合で、構造物に致命的な被害が生ずると判断される場合には、検討した斜面を社会的影響の大きな斜面として認識します。このようにして抽出された斜面は、崩壊した場合に人命や社会活動に及ぼす影響が大きいと考えられることから、より詳細な調査を実施し、できるだけ早期に対策を施して崩壊を防ぎます。


この方法では、社会的影響の大きな斜面を抽出する際に、斜面の形状や地質、斜面崩壊の原因や規模などによる選別を行う必要がなく、観察や調査、推論を行う場合の、認識や情報の偏りによる誤りを避けることができます。前提としていることは、傾斜20度以上の斜面はいつかは表層崩壊する、ことだけです。


もちろん、この方法は第一次のスクリーニングであり、崩壊の危険度を具体的に数値化して対策する順番を付けるには、詳細な調査や観察、計測が必要です。


課題は、数多くの斜面に対して、いかに迅速に3次元の表層崩壊のシミュレーションを行い被害の範囲を推定するかです。これには、数値標高地図を用いた質点系の3次元落石解析が適していると考えています。質点系の3次元落石解析では、質点の大きさと反発係数、摩擦係数を定めるだけで解析が可能であり、次のような理由から、十分な情報が得られない第一次のスクリーニングには適していると考えます。


3次元表層崩壊のシミュレーションの目的は、どの場所を崩壊土砂や岩塊が通過するか、またその量や速度(エネルギー)はどのくらいか、であり、これらに基づいて被害予測をします。しがたって、例えば直径2.5m程度の球体が、反発係数0(斜面に沿って運動する)、摩擦係数0.3(20度の斜面を滑り落ちる)といった仮定のもとで解析を行うことで、球体の集まりやすい場所やエネルギーの大きな場所などを特定することができます。


さらに、面積あたり一定の密度で質点を配して計算することで、崩壊土砂や岩塊の通過量やエネルギーの相対値の分布を得ることができます。これに崩壊土砂などの絶対量を乗ずることで、通過土砂量や衝突エネルギーなど値を得ることができます。斜面を仮定して計算した例を、図-1に示します。


図-1 Geo-Graphiaを用いた質点系の3次元落石解析
図-1 Geo-Graphiaを用いた質点系の3次元落石解析

質点系の3次元落石解析は、数値流体解析や3次元不連続体解析などに比べ格段に計算が速く、数多くの場所を対象とする第一次スクリーニングに適しています。また、大胆な仮定での解析ですが、この段階では詳細な地形や地質、植生などが明らかとなっていないと考えられますから、概略値ながらできるだけ安全側の結果を得ようとする観点からは、適切なものであると考えます。


崩壊土砂などが集まりやすく、また量や速度も大きくなる場所では、衝突などによるエネルギーが大きく、このような場所に重要構造物がある場合には、危険な斜面として認識する必要があります。傾斜20度以上の斜面はいつかは表層崩壊する、という観点に立てば、この危険な斜面が崩壊するまでの時間を割り出して、崩壊までの時間が短いと判断された場合には、対策を行う優先度を上げていく、といった措置が必要です。


このためには、より詳細な現地調査や計測を行って必要がありますが、次回ではこのときに用いるべき計測技術について考えてみたいと思います。