コラム

連成解析への招待(地下水の変化を地表面変形で捉える?)

数値解析最前線/第11回担当:里 優(2011.01)


Feel and thinkをご愛読いただいている皆様、本年もどうぞよろしくお願いいたします。


「数値解析最前線」シリーズでは、昨年の数回で、地盤の変形と地下水流れの相互作用を連成解析と呼ばれる手法で表現し、幾つかの興味深い現象を紹介してきました。 今年も引き続き連成解析を用いて、地盤の特徴的な挙動を表現していきたいと思います。


なぜ、このように連成解析にこだわっているかと言うと、地盤や岩盤の変形挙動が地下水流れの影響なしでは議論できないからです。軟弱地盤の圧密問題では、Terzaghiの理論として学ばれた方も多いと思いますが、地盤からの脱水によって圧密沈下が発生することが知られています。地下水圧が減少して地盤の構造骨格が荷重を負担するようになっていくためです。


逆に、降雨や地震の影響で地盤の地下水圧が増加したらどうなるでしょうか。今度は地盤が膨張し、一定値以上の水圧増加が発生すると、地盤は自立できなくなってしまいます。軟弱地盤への逆戻りが生じ、いわゆる斜面崩壊や液状化現象が発生することになります。


硬い岩盤ではどうでしょうか。岩盤においても、規模こそ違え同様の現象が発生します。豪雨による岩盤斜面の崩壊が典型例ですが、第8回コラム(連成解析への招待(地盤変形と間隙水の流れ))で説明したとおり、地下水圧の高い状態が保持されている岩盤でトンネルを掘削すると、岩盤の不安定化が発生する可能性があります。さらに、地震の発生機構にも地下水圧が関係しているとの指摘もあります。


このように、地盤や岩盤の変形挙動を考える上で、地下水流れの影響を無視することはできず、したがって連成解析を使っての現象理解はとても重要であると考えています。  地層科学研究所は、「地下」と「シミュレーション」をキーワードにして事業を行っておりますが、連成解析技術はその中核となるテーマの一つであり、現在でも研究開発を通して現象のさらなる理解を進めております。


さて、今回は地盤変形と地下水流れの連成挙動を使って、地下水の状態を地表面変形から推定する方法をご紹介します。


第8回コラム(連成解析への招待(地盤変形と間隙水の流れ))にて、トンネルの掘削によって地下水がトンネル内に流出し、その結果地表面沈下が発生することを示しました(図-1)。ということは、この地表面沈下量から逆に地下水の状態を推定することができる可能性があります。


図-1 トンネル掘削後の地表面沈下と地下水流れ
図-1 トンネル掘削後の地表面沈下と地下水流れ

トンネル周辺の地下水の状態は、数多くの地下水位観測井を掘ったり、トンネル内から間隙水圧計測を行うなど、多くの手間と費用が必要となります。場所によっては、地下水観測井を掘ることが難しいこともあります。このような場合には、地表面沈下量や地表面の傾斜量などを計測して地下水の状態を推定し、トンネル工事に役立てていくことが考えられます。


しかし、地表面沈下量にはトンネル掘削自体による弾性的な変形が含まれています。地下水の状態を推定するためには、トンネル掘削による変形を除いてやる必要があります。また、支保工などの補強工の影響はどうでしょうか。


実は、地表面沈下に及ぼすこれらの影響は、地下水流れの影響に比べて小さく、大局的には無視して構わないと考えています。先に示した解析では、スケンプトンのB値(第8回コラム:連成解析への招待(地盤変形と間隙水の流れ)参照)を0.8とし、また素掘りでトンネルを掘削した場合を想定してトンネル掘削による地表面沈下を最大限考慮していますが、地下水流れによって生じた地表面沈下量は、トンネル掘削により生じたものの6倍以上となっています(図-2)。


図-2 トンネル掘時とそれに続く地表面沈下
図-2 トンネル掘時とそれに続く地表面沈下

また、地下水流れによって生ずる変形は、地盤からの脱水に起因するものが大部分であり、仮にトンネル壁面を剛性の高い覆工などによって補強したとしても、壁面からの地下水流出を止めない限り地表面沈下は発生します。したがって、事前に連成解析によって地下水位の高さと地表面沈下量の関係を求めておけば、地表面沈下量を計測することで地下水の高さを推定することができる訳です。


地表面沈下の大部分が地盤からの地下水の流出によって生ずるのですから、地表面沈下を抑制するためには、注入工などによってトンネル周辺の透水性を減少させて、地下水の流出を抑えることが最も効果的です。この注入工の効果が充分であるかどうかも、地表面沈下量を計測することで評価することができます。ただし、過度に透水性を低下させることは、三回前に示したとおり、透水性を低下させた領域に応力の集中を発生させる可能性があります。


これらを考慮して、地表面沈下も抑制し、トンネルにも負担をかけないバランスの良い注入工を検討することが土木技術者の腕ではないでしょうか。また、地下水の擾乱を抑えることができれば、周辺環境への影響も最小化することができ、地下環境保全への貢献も期待できます。


最後に、地盤の傾斜量の計測により地下水の状態を評価する研究開発の事例を紹介します。本研究は、日本原子力研究開発機構の幌延深地層研究センターで行われているものです1),2),3)。幌延深地層研究センターでは、図-3に示すとおり、3本の立坑掘削が計画されており、現在までに換気立坑と東立坑の施工が進んでいます。これらの立坑周辺には精密な傾斜計が地表面下30mの深度に設置されており、立坑掘削に伴う地表面の傾斜がモニタリングされています。


図-3 幌延深地層研究センターにおける傾斜計測
図-3 幌延深地層研究センターにおける傾斜計測

これらの立坑周辺には精密な傾斜計が地表面下30mの深度に設置されており、立坑掘削に伴う地表面の傾斜がモニタリングされています。図-5は、これらの傾斜計の傾斜変化を、傾斜0を上向きとした傾斜ベクトル先端の軌跡(図-4)として描いたものです。


図-4 傾斜ベクトルによる表現
図-4 傾斜ベクトルによる表現

図-5 時間経過と傾斜ベクトル先端部の軌跡
図-5 時間経過と傾斜ベクトル先端部の軌跡

換気立坑が最初に掘削されると、地表面は換気立坑方向に傾斜してゆき、次に東立坑が掘削され始めると、地表面の傾斜が徐々に東立坑に向かっていくことがわかります。これは、図-6に示すとおり、立坑に向かう地下水流れによって、わずかながら地表面沈下が発生し、地表面を傾斜させているためです。


図-6 立坑掘削時の連成解析結果
図-6 立坑掘削時の連成解析結果

このように、地盤や岩盤の変形と地下水流れは切っても切れない関係にあります。このような相互作用への理解が、トンネル掘削の安全性や安定性向上、あるいは地下環境の保全に役立っていくと考えられることから、今後も積極的に研究開発を続けていきたいと考えています。




参考文献
1) 井尻裕二,羽出山吉裕,名合牧人,里優,菅原健太郎:高精度傾斜計による応力-水連成岩盤挙動のモニタリング,土木学会第65回年次学術講演会(平成22年9月)講演概要集,2010.
2) 羽出山吉裕,井尻裕二,名合牧人,亀村勝美,里優,佐ノ木哲,國丸貴紀:立坑掘削に伴う岩盤挙動に関する高精度傾斜計測結果と弾性解析の比較,土木学会第63回年次学術講演会(平成20年9月)講演概要集,2008.
3) 井尻裕二,羽出山吉裕,名合牧人,亀村勝美,里優,佐ノ木哲,國丸貴紀:幌延深地層研究所施設工事における高精度傾斜計データの分析,土木学会第63回年次学術講演会(平成20年9月)講演概要集,2008.