
有限差分法コードFLAC 第16回 ~ゲリラ豪雨による斜面崩壊~
梅雨期は年々局地的な豪雨となる傾向があるようでして,皆様ご存じのように今年も九州などを中心とした各地で豪雨による斜面災害が発生しました.広島では7月中旬の豪雨によって2km四方の範囲で土石流被害が発生しました.この区域外では被災していないことからも,この区域だけの超局所的な豪雨が原因であるとされています.
さて,地震による斜面災害を対象とした数値解析は,近年,新潟県や宮城県で大きな被害を出したこともあり,例えば,日本地すべり学会で設置されている調査研究プロジェクト(地震地すべりプロジェクト委員会)で現在,精力的に取りまとめが成されており,著者も参加して活動を行っています.
だた,被災の頻度という観点から考えますと,豪雨による斜面災害は毎年の梅雨期にほぼ必ず発生しています.豪雨によって斜面崩壊を来すよう状況を再現できる数値解析も今後は必要になるかと思います.そこで今回は豪雨による斜面崩壊をFLACを用いて試験的に実施してみた例をご紹介します.
本例は,蒋 宇静先生(長崎大学工学部社会開発工学科教授)と協同で昨年の丁度今頃(この原稿を書いている8月末)に実施したものです.解析の種別は,応力-非定常浸透-連成解析です.解析モデルと解析条件を図-1に示しましたのでご覧ください.


図-1 応力-非定常浸透-連成解析のための解析モデルと解析条件
斜面の表層は厚さ3m~5mのまさ土で覆われており,まさ土の下は不透水を仮定した弱風化岩であると仮定します.時間50mmの連続降雨を与えて全てが斜面内に浸透すると仮定します.法面から地中を降下した不飽和浸透流が弱風化岩に到達すると,水位が上昇し始めます.降雨開始より30時間後の間隙水圧コンターを図-2に示します.

図-2 流速ベクトルと30時間後の水圧分布
この図には降下する不飽和浸透流の流速ベクトルも表記しています.斜面は32時間後に崩壊が発生しました.崩壊の進展過程は,大変形解析を実施しています.これをアニメーションでご覧ください.

アニメ-1:変位量コンターと変位ベクトル図

アニメ-2:最大せん断ひずみコンター図
アニメ-1では変位量コンターと変位ベクトルを併記しています.斜面表層に沿ってまさ土が流下して法尻が崩壊する様子が分かります.また,アニメ-2では最大せん断ひずみコンターを併記しています.斜面モデルが小さく,またメッシュも粗いため,変形が分かりにくいかもしれません.ご容赦ください. (FLACでの大変形解析の取り扱いは,本シリーズの第7回(大変形解析その2)と第8回(大変形解析その3)をご覧ください.)
斜面を対象とした解析では,変位ベクトルや変位コンターによる表現がよく見受けられますが,これらの表現方法のみでは,発生した変状の「部位」と「程度」は視覚的に把握しにくいのではないかと思います.また,斜面崩壊という土塊が変形しながら移動する現象を表現するのに微小変形理論を適用するのも如何なものかと思います.表層や法尻などの局所的な崩壊の進展過程を時々刻々と追跡するには,大変形解析の実施が適切であると考えます.崩壊の進展は運動であり,変形が大きくなりますので,もはや通常の微小変形が適用できる限界を超えています.
壊れている状況やそこに至るまでの壊れ方がはっきり見えると,対策工の検討にも役立つと思います.「壊れ方の見える化」こそが数値解析の重要な役割の1つではないかと思います.この点で豪雨による斜面崩壊は,崩壊・流動状態となっても解析自体は安定して続けられるFLACならではのお家芸であるとうのは言い過ぎでしょうか.
本例の解析では,不飽和領域でのサクションが考慮されていません.不飽和透水係数は,飽和度を変数として持っていますのでそこから導出した比透水係数を用いて不飽和浸透流を実現しています.しかし斜面内の空気の存在はゲリラ豪雨時の斜面の安定性に大きな影響を及ぼすのではないかと考えています.これに対しては,空気との連成を考えた二相流解析を行うことで実現できるのではないかと思います.
今後はこの方面にも取り組みたいと考えています.
1) 日経コンストラクション8月13日号
2) 豪雨時における斜面崩壊のメカニズムおよび危険度評価,(社)地盤工学会,2006.
3) 不飽和地盤の挙動と評価,(社)地盤工学会,2004.