コラム

連成解析への招待(気圧変化を使って地盤の透水性を計る方法?)

数値解析最前線/第10回担当:里 優(2010.06)


これまでに、地盤の変形と間隙水の流れの相互作用を、トンネル掘削を例にとって説明してきました。今回は、地盤の変形が間隙水の流れに影響を受けることを利用して、地盤の透水性を計るアイデアをご紹介いたします。


地盤の透水性を計る最も一般的な方法は、地盤にボーリング孔を設け、ポンプなどを用いてボーリング孔内の水位を上下させて、これがもとの位置に復帰するまでの時間を計測するものです。地盤の透水性が低いと、水位の回復に時間がかかることから、この時間から透水性を推定することができます。水位の上下をさせないで地盤の透水性を計る方法があるでしょうか。実は、気圧の変化を使う方法があります。


地盤には、0.1MPa(1,000hPa)ほどの大気圧が作用しており、空気が地盤を押しています。この気圧は常に変動しており、大きいときには短時間に5%程度の変動を生じます。5%とは言え、1m2あたりでは500kgもの荷重変化です。


当然、これに伴って地盤は変形しますが、これまでご説明したとおり、このとき間隙水圧も変動します。実際の計測結果をご覧いただきましょう。地下坑道の底面より掘削したボーリング孔で、気圧変化と地盤のひずみ変化、間隙水圧変化を計測した結果が図-1です。気圧と連動して、地盤のひずみや間隙水圧が変化しているこことがわかります。


図-1 坑道内で計測された気圧変化と地盤ひずみ、間隙水圧の変化
図-1 坑道内で計測された気圧変化と地盤ひずみ、間隙水圧の変化

気圧の変化と地盤の変形、間隙水圧の変化は同時に起こるように思いますが、実は違います。地盤は大なり小なり透水性があり、間隙水が移動するために気圧変化と地盤の変形や間隙水圧変化には、時間的なずれが発生します。この様子を連成解析によって表現してみましょう。


解析に用いた地盤モデルを図-2に示します。用いた物性値は表-1のとおりです。地表面に作用する気圧は、図-3のように変動するものとしました(圧縮を負)。ちょうど5時間後に気圧変動はピークとなるようにしてあります。


表-1 解析に用いた物性値
単 位 入力値
ヤング率(排水条件) MPa 100
ポアソン比(排水条件) -- 0.3
スケンプトンのB値 -- 0.9
透水係数 m/h 1.0~1×10-2
図-2 連成解析で用いた地盤モデル
図-2 連成解析で用いた地盤モデル

図-3 連成解析で用いた気圧変化(表面力と表面の間隙水圧)
図-3 連成解析で用いた気圧変化(表面力と表面の間隙水圧)

図-4が計算により求められた地表面沈下です。気圧の増加によって地表面は沈下しますが、地盤の透水性を大きくしていくと(グラフの緑、赤、青の順に透水性が大きくなっている)、地表面沈下のピークが気圧のピークより早く生ずるようになります。


図-4 地表面沈下の経時変化
図-4 地表面沈下の経時変化

地盤中の間隙水圧変化と気圧変化の差を調べると、図-5に示すとおり、地盤の透水性が高くなるにつれ、変化のピークはやはり気圧変化のピークより早く生ずるようになります。これは、次のようなメカニズムによるものです。


図-5 地表面下5mの間隙水圧変化と気圧変化の差
図-5 地表面下5mの間隙水圧変化と気圧変化の差

図-6に、気圧変化に伴って発生する、地盤内の間隙水の流速を示します。気圧変化が生じ地盤表面が押されると、間隙水圧が上昇します。地表面では、水圧と気圧は同じ値ですが、地盤内部では上昇する間隙水圧の大きさは、気圧変化よりも小さくなります。これは、地盤の剛性が水の変形を妨げる効果によるものです。


図-6 時間に伴う間隙水流速の変化
図-6 時間に伴う間隙水流速の変化
(透水係数k=0.1m/hの場合、上:5時間後、下:10時間後)

この結果、地表面から地盤内部へと間隙水の流れが発生します。この流れによって地表面に近い地盤では、間隙水圧の上昇が抑えられ、間隙水圧と気圧の差は小さくなります。


また、気圧の増加によって地盤内に間隙水が流入するために地盤に膨張変形が生じ、地表面沈下は小さくなります。透水性が高くなると、このような効果が顕著に現れるようになり、気圧変化と間隙水圧変化などにずれが生ずるようになる訳です。このような効果を利用して、気圧変化と間隙水圧変化の差を計測し、逆に地盤の透水性を推定することができます。


ただし、図-6に示すとおり、この差は非常に小さいものです。したがって、地盤中の間隙水圧変化を精密に計測する必要があります。地層科学研究所では、地盤内の間隙水圧変化をできるだけ正確に計測できるように、パッカー式の間隙水圧計を開発しました(図-7)。


図-7 間隙水圧計の写真と測定方法
図-7 間隙水圧計の写真と測定方法

この間隙水圧計では、先端部に設けた逆止弁によって先端部の水が孤立するように工夫されています。これにより、地盤内の間隙水圧変化に対しセンサーが敏感に反応し、間隙水圧をより正確に計測することができます。


また、上下左右どちらの方向にも設置することができるため、例えば斜面内部の間隙水圧、トンネル天端部の間隙水圧など、これまで計測ができなかった場所でも計測が可能です。地盤内で発生している連成現象を正しく評価するために、シミュレーションばかりではなく計測手法も進化させていく必要があります。